肖像画
16:入学式を経て、○高校に通い始めた絵美は、いつも朝1のバスで行き、1時間前から学校の周りや、高校に併設されてる大学のキャンパス内に行ったりしていた。山の上にある学校全体から、広島市内~瀬戸内海まで見渡せた。その風景を、スケッチブックに描くのが楽しかった。その時間は、絵美にとって、ほんのささやかな、息抜きの時間であった。大学のキャンパスは昼夜関係なく明るい。通ってくる大学生の服は、もう、制服ではなく、普段着であった。ゆえに、絵美の高校の制服は、目立つので、よく、大学生から声をかけられた。それも、彼女の可愛らしい風貌が目的の男の学生が主だった。「毎日、よく飽きもせず、同じ風景ばかり描くね~」としょっちゅう、声をかけてくる「結城登」と名乗ったジーパン姿の男性がやってきた。「同じ風景ばかりに見えるの?目が悪いね。メガネ替えたほうがいいよ」結城は、メガネを掛けていた。かなり仲良くなっていた絵美はタメ口で返し、サラリと逃げた。「今日も振られてる」と他の男女達もザワザワと長い校庭の上り坂をゆっくりと来始めた。絵美も高校の校舎の方に急いだ。高校の3年間は、ずっと同じクラスで、担任も3年間同じだと、入学式で聞いていた。クラスが同じということは、自分と同じレベルかそれ以上の点数で合格した男女共学の20名だ。クラスは全部で5クラス、100名で構成された1学年の入学試験の合格点トップから順番にA-Eクラスに分かれているということも聞いていた。全国からこの高校に2,000人以上受けている。そのトップ100に入ったのだから、それでいいと言う問題ではなかった。絵美はBクラスの11番目だと、点数が多い順から名前を呼ばれる。たまったもんじゃない・・と思ったが、みんな、その上を目指してきてるのだから、そんな事でメンタルを落とすようでは、3年後にまともに大学に入れない。東大医学部を目指す人は、出来るだけ東京近くの高校に通うのだから、絵美のように逆に都会から来た人は少なかった。それでも、持ち前の明るさと父孝蔵のネームバリュもあって、絵美は、みんなからすぐに覚えられた。中には例の「母と子」のクリアファイルを持ってきてる子もいて、「これが、絵美さんね」と小学6年当時の顔を指して声をかけてくる人もいた。「この頃のほうが可愛いかな・・」と絵美はそう思った。いくら絵美の将来のためとはいえ、お金でその大事な作品を売った父が少し、嫌いになっていた。でも、こうして、自分の手から離れた場所に通わせてもらえてるのも、父のおかげなのだから、それは、割り切る必要もあると絵美は思った。なにより、学校が休みの土日には、母の病院にも行くことが簡単にできる場所にいられる。作品より、直接会うことが、絵美にとっては、何より幸せだった。叔父武も叔母未知も病院へ連れて行ってくれるし、たまには、従姉妹たちも一緒のこともあった。母の優里は本当に良くなってきていた。誰と会ってもにこやかな顔をして、話も出来るので、病気であることが嘘のように見える。枝川女医も「これなら、そろそろ外泊も大丈夫になりそうですね」と言っていた。続