今年もまもなく終了です。

ブログについて、もう日常のことを書き尽くしたから、書くこともなくなりそうだと思いながらそれでも、1つ投稿して直ぐに書かずに居られなくて1日に2つ投稿したり、1月以上何も書けないまま放置するなどしながら、今日まできました。

最初は、気まぐれに書くだけでしたが、このごろは、その時に思ったことを後々になって、思い出すために記録にとどめよう。あるいは、その時々の遣る方ない憤りをどこにぶつけようか?、と捌け口として文章にしたりして、自らのメンタルのバランスを保つために、書いてる感じです。

 

なので、まったく架空の出来事などは書けません。書くのが好きで、くだらないことをくだくだ書きますが、小説みたいなものは書けません。日記は苦手ですし、また、小論文もからっきしです。

 

昔を振り返ると、自分の好きなことを書くと言うのは、中学校の交換日記に始まったように思います。今は携帯・メールがあるのでしょうが、僕はラブレターを書く世代でしたし・・・。

大人になって、船の雑誌に投稿しては、良く採用されて、景品のバスタオルを頂くこともありましたっけ・・・

 

2022年を振り返ってみると、大きなことでは、コロナ、ロシアの軍事侵攻、安倍元総理の殺害などありましたね。それ以外では、芸能人の自殺やら、北海道での観光船事故、年末になって、後出しじゃんけんの、岸田総理の暴走などなども挙げられると思います。それら全てに言えるのは、想像の遥か上を超えることが起こり、みんな遣る方なくて、驚き疲れ、しまいには無感覚の諦めになってしまったのではないか?!と思うのです。

 

議員、公務員、自衛隊の不祥事が多すぎて、信用を取り戻すどころか、そんなものと思わなければならないようになり、何か事件が起きて関わっているとまず疑ってかかられる存在と成ったように思います。

また、見られている、録画されているということがわかっていながら煽り運転も窃盗・万引きも増えこそすれ一向に減りません。

学校でのいじめ、虐待も、より陰湿で、生徒のみならず教師や学校が加担したり、隠ぺいしたりして被害者が全然報われない。なんてことも当たり前になってしまいました。なにか、人権が否定され、倫理が否定され、道徳が否定された。そんな思いです。あたかも、封じ込められていた嫌な物が蓋を突き破って溢れ出続けるみたいじゃないですか?!

 

これらは、あるいは、価値観が多様化の方向に拡大していることにも一因があるのかも知れませんが、このごろは裁判で、首を傾げるような判決が出ることもしばしばあり、これからの世の中がどのように変化していくのか、不安に思われるのは私だけではないような気がします。

 

もし、この世界の変化が、今は端緒に過ぎず。これから更に悪い方向に変化していくとしても、私たちは、なんとか生き続けなければなりません。そのためには、フェイクニュースに踊らされない冷静な判断と、強いメンタルを持ち続けなければならないと思うのです。

何も考えなければ、社会の混沌に飲み込まれてしまい、自分を何処かになくしてしまう。そんな漠然とした不安を感じます。

 

年始への切り替えなど、ぼんやり寝ててもすぐに明けてしまう。どこがめでたいんだ。というのが、私のこれまででしたが、今は、一年を振り返って、危機意識を再確認して、これから一生懸命どう生きていこう。と考えなければならない。そんな時期に差し掛かっているように思います。