お疲れ様です、大島へぶんです。
青春時代のボーヤ時代の話を書こうと思っていたのが3話まで書いて、ずっと放置していました。
折角なので続きを書きます。
なんとか岡本 郭男さんのボーヤとしての生活が始まりました。
最初の頃は岡本さんの自家用ワゴン車が楽器車も兼ねていたので岡本さんを乗せて都内のスタジオを移動していました。
その後すぐ中古のハイエースが楽器車となり僕は岡本さんとは別行動となりました。
岡本さんはそれまで乗っていた国産のワゴン車を売って憧れだったというサーブというスウェーデンの車に乗り換えました。
僕がスタジオに早めに行ってドラムをセットした後にひとり悠々とやってくるわけです。
ドラムのセッティングなどしたことがなかったのですが、何とか覚えました。
この頃、岡本さんはソナーというドイツ製のメーカーのドラムを使っていてパールなどの国産のドラムに比べると何もかもひと回り大きくて、ケースとかもごつくて運ぶのは大変でした。
時は日本の音楽産業が最も盛り上がっていた80年代。
仕事はほぼ毎日、普通は13時スタートが多かったですが早い時は10時からの時もありました。
夕方、岡本さんのマネージメントをしている事務所に毎日翌日のスケジュールを確認してそれに合わせて行動するわけです。
ちょうどレコードからCDに代わっていく頃でした。
この頃、岡本さんが良く車でかけていたミスターミスター「キリエ」です。
