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電波発信中のアーカイブ(仮称

ぼっち社会人の独り語り。
底辺三次元人の備忘録。
蛇足多め。

注1:リアルに救助を求めています。
注2:怖いので何かあったら削除逃げ推奨の小心者です。
注3:基本的にひねくれているので、正してあげると良いかもしれません。

成功の話や、いかに自分が凄いかはもう聞き飽きたので。

いかに失敗を繰り返してきたかが知りたいのです。
どう考えても、成功例より失敗例の方が多いのが世の常ですし。
成功の元でしょ、失敗って。

社会では、一度でも失敗した人間は徹底的に排除される。
これはまあ、ポストの奪い合いだから構わないし、それはそれで、お好きにどうぞって感じだけれど。

こっちは、失敗から成功へ持って行った底力と経験が欲しくて探しているっていうのに、見つけるのに一苦労だ。

経験って、人が思ってる以上に価値があること。
経験せずだと

「そんなことしたら失敗するだろう」

と、なんとなくの感想は言えても証明は出来ないわけで、これは聞きかじった情報からの予測でしかない。

しかも、こういうのに限って、なにもした事のない奴が、安全な場所からドヤ顔で語ってたりするんだよな。
この〝今だけ成功者〟ってのは。

証明するには、時間と金と寿命を賭けるなどの〝出資〟が必要で、経験者はそれらを経験しているから一言で済ませられるんだ。

危ないことは「危ない」って。
重みが違う。

「失敗した奴の言う事なんて信用できない」は間違い。

「失敗したこともない奴のいうことなんて信じてもなんの保証もない」が正解。

勘違いするなよ?

何一つ勝負せず、頭良い風を装って、勝負している人間を嘲笑って足引っ張ってる奴、お前だ。
これから勝負に出ようとする人の思いを「絵に描いた餅」の一言で切って、なんの代案も出さない、お前だ。

ということで僕は、失敗者が卑屈になる意味が解らない。

僕なんかは、失敗の経験をニヤリと笑いながら語りつつ、ちゃんと生きている人に会うとその武勇伝に畏怖と畏敬の念を感じて自分の小ささに絶望するって。



周りの大者どもは、大抵、それもう復帰なんて無理じゃん(汗)ってところまで行った経験のある人ばかりなんですよねぇ。
流派というか特徴というか(笑)

独立して、成功して、態度でかくなって、事業傾いて、素行のせいで誰も助けてくれなくて、でもプライドだけはあって頭下げれなくて、マーケティングの一環だって嘯きながら繁華街で看板持ってて、実力あるけど借金まみれの意欲ある人材は周りにいないか?

って師匠に聞かれたことがあるくらい。

そんなの数人しか知らないし、引く手数多でもう余ってない(笑)



夢を追っている人、これから勝負に出る人、本当の意味で人事を尽くしきった人を心から応援しているのです。

それがまた女の子だったらもう、どは(以下自主規制)