思い出すのも結構面倒だけど積み重ねてきた、歩んできたことをたまには振り返らないと
自分を見失ってしまいそうになるからね。
今迄は、先の日記のように人と同じ道へと目印を見て歩んできた。
それは、人生を消化という意味で生きる分にはとても安定だった。
人のふり見て勉強して、サッカーして…
でも、それを22年続けてきて生きるのが苦しいことに気づいたのだ。
趣味もなく生き甲斐もない仲間もあまりいないからだ。正確にはいなくなって行った。
誘われて旅行いったら、遊んだらもう誘われなくなった。
面白くないやつとつるんであげるほど人間はお人よしではない。
もちろん俺も。
それこそ金が発生する。
ただ、利害の一致という観点で、寂しいから、暇だからという意味でつるむ、馴れ合うことはあるかもしれない。今は、大学時代は結局そんな感じだったのかもしれない。
理系の学部ということで、初っ端ということで
入学当時のオリエンテーションの時に席が近かった奴らで
グループを作った。
そいつらとは一年二年と仲良くつるんでいた。
三年になりゼミで固まることが増えるとなんとなく疎遠となり。まあ男友達なんてそんなもんだが。
私は人生の中でここまでべったべたつるむ仲間はあまりいなかったので
結構さみしかった。
コミュ障だからゼミでは最初まったく馴染めなかったし。
このころは大学通うのが結構辛かった。
特に私が所属していたゼミは成績優秀な人が多かったので課題やらやると
断然おいてかれた。
友達も一人しかいなかったし。
まあ、いろいろとグループ組んで課題に取り組んでいるうちに友達もちゃんとできたんだけど。
それで、ゼミに馴染むにつれてさらに以前のグループとはさらに疎遠となりやはり淋しかった。
まあ、週一くらいで授業一緒の奴も一緒に帰るだけで遊ばないし、出来たらみんなでわいわいやってたかった。この辺はすごく子供だなと思う。
そんで三年も10月とかになりみんながスーツとか揃えている中、
俺は正直、就活とかしても今のままじゃ上手くいかないし
多分無理だから大学院にいくんだろうなって思ってた。
そして、親に大学院行こうと思うんだ。って当たり前のように言ったら
当たり前のようにダメに決まってるじゃない!と言われた。
まあ、確かに今迄はそんなに成績良くなかったけどこれから頑張るからとか色々と言い訳をしたが
全くの無駄であった。
いま、思い返せばそんな感じで大学院行ったって何にもなんないだろう。と言えるが。
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