生まれたことに意味があり、僕を求めるものがあるなら -13ページ目
今日で外来の通院は終わりました。
あとは入院と手術です。
それまで少し時間が空いてしまうから、なかなかに退屈な日々。

入院と手術に保証人が必要でした。
あんまり実家とは縁薄い自分ですが、祖母には世話になってきたから報告ついでに書類を頼むことに。
正直、世話になったからこそ、心配かけたくないんで隠し通すつもりでした。

簡単な手術ですぐ退院するからって念を押してきたけど、ひとつ印象深い話が。

父が自分と同じ年齢くらいの時にお腹を切ったことは覚えています。
それがまさに自分と同じ内容の手術だったらしいです。

父はそれからまたすぐに病にかかって、それは当事前例のない難病だったらしく、他界しました。
何も薬も効かなくて、壮絶な戦いでした。
意識を失いながらも家族の名前を呼んでいたことは忘れません。

自分はまだ子供の頃、いろいろ辛いことがありすぎて、父に反発していました。
後で気づいたどうしようもない後悔だけど、それは自分なりの父への歪んだ甘えでした。
父は会社が倒産して、早朝からバイト、昼から深夜まで働いていました。
家族を省みない人なんだと決めつけて、それを理由にして、父に反発していたんです。自分の中の悲しみをぶつけるように。
いまどきでは珍しいくらい真面目で武骨な人だったから、そんな自分に対しても真っ向から受け止めてくれました。
父の病を進行させた一端に、自分の存在のせいもあっただろうと考えています。

そんなどうしようもない息子なのに、最後まで名前を呼んでくれていた。
亡くなって美化されたとかじゃなく、父の不器用でも真っ直ぐな生き方は、自分の誇りです。


そして自分もまた、父と同じ道を進もうとしているのかもしれません。
父と同じくらい生きられたらいいやと思って生きてきました。
父に比べたら、自分ひとりが生きるのにも精一杯でした。
今あらためて周りを見渡してみると、何もありません。
空しいけど、それが自分の人生です。
そして思うのが、自分と同じように、見渡した時に何もなかった人たちがどれだけ居たことだろう、と。
名もなき孤独な戦いが、この世界にはいっぱいあるはずです。

自分は全人類を愛するなんて心はありません。
人の中には、誰かを傷つけて心を保っているような怪物がほんとにたくさんいます。
震災の時も思ったけど、なんでこいつらが生き残って友達や善良な人たちの命が奪われたんだ、そう思わせるようなゲスな怪物たちが大勢いました。
悲しいけど、そういう怪物ほど長生きするものです。誰かを蹴落としてでも生きようとする図太さがあるから。
彼らこそ最後には何も残らないだろうけど、同情はしません。人の命を吸って生きてきたんだから。


人はひとりです。
どうやったって、最後にはひとりで旅立ちます。
でも人は独りじゃありません。
一瞬一瞬だけですが、人の人生という道は交錯します。そこで止まることなく、道はまた進んで行きますが。
そんな一瞬を、燃えるような一瞬をたくさん生きられたら素敵だけど、精一杯歩いた道がただ途切れていく人たちもいます。

自分で自分を抱き締めて、よくがんばったねって慰めて満足できたらいいのにな。

どうして手を伸ばすんだろう。

最後に握った父の手は熱くて、握り返してくれました。
痛みに耐えていたのが一番だろうけど、届いていたかな、交錯する親子の道は。


疲れたなぁ。もういいやって思う時もあります。
だけど、残りの時間、自分はどんな道を歩むのか、最後に伸ばした手の先に誰か居てくれるのか。

ジョーほどとは言わずとも、燃え尽きたいです。