ほとんどのマーケティングは気休めの…
おはようございます。
ここにきてTwitterにハマりそうな気配を見せているキングコング西野です。
#今かよ
さて。
今日は『ほとんどのマーケティングは気休めの…』というテーマでお話したいと思います。
昨日、品川さんにご飯に連れてってもらって、そこで盛り上がった話が面白かった&背筋が伸びたので、その話の共有です。
ポケモンGOとかスーパーマリオとか
映画『スーパーマリオ』の世界的ヒットについて、色んな人がヒットの要因を語っていますが、(たしかに配給会社が色々と仕掛けていたけれど)シンプルに「作品が良かった」が一番の理由だと思います。
3流の映画評論家は「ストーリーが雑」だの「主人公達の心情が描けていない」だの何だの言っていますが、そんなのは他の映画でやれば良い話で、僕個人としては「『スーパーマリオ』『マリオカート』で育った僕らを1ミリも裏切らなかった」という感想を持ちました。
縦回転する火の棒が出てきたり、レインボーのサーキットが出てきたりする度に、「あぁ、これは、(ゲームの)あのシーンだ!」「あぁ!こういうの、あったなー!」といちいちニマニマしちゃいました。
もちろんBGMも。
スーパーマリオで育った僕らの子供の頃の思い出を全て回収していて、「ゲームを映画化したら、こう!」の正解を出していたと思います。
そんなこんなで「映画『スーパーマリオ』は最高!」というのが僕の結論なのですが、ここで考えなきゃいけないのは、「なぜ、最高の作品が生まれたのか?」という点です。
1993年にハリウッドで実社化された映画『スーパーマリオ』は最低(ウンコ中のウンコ)だったのに、2023年に爆誕した映画『スーパーマリオ』は最高。この違いは一体何なのか?
日本のIP(キャラクター)史を振り返ってみると、1995年に『北斗の拳』が、2009年に『ドラゴンボール』が、それぞれハリウッドで実写化されていますが、大爆死しています。
#全然面白くなかった
#ストーリーもグチャグチャ
一方で、2016年に爆誕した『ポケモンGO』は世界的にヒットし、去年ロンドンで開幕した『となりのトトロ』も絶好調。
この違いは一体何なのか?
もちろん「作品の出来が良かったor悪かった」というのが全てなのですが、なぜ、出来の良し悪しが生まれたのか?
このことについて業界で語られている面白い仮説がありまして…
1993年の『スーパーマリオ(実写版)』は、「何やら『スーパマリオ』というゲームが流行ってるらしい。それなら映画化しよう」という感じで作られたのですが、それに対して、2023年の『スーパーマリオ』は、“子供の頃にスーパーマリオで育った大人達”が作っている。
“子供の頃にスーパーマリオで育った大人達”は今、40代で、それなりのポジション(プロデューサーとか)についているんです。
彼らはスーパーマリオの世界観(スーパーマリオのファンが期待していること)をよくよく知っているので、“ピント外れのクリエイティブ”が一つもありません。
一方で、1993年の『スーパーマリオ』や、1995年の『北斗の拳』や、2009年の『ドラゴンボール』は、それらの作品で育っていない(作品のことをよく知らない)大人達による「流行ってるらしい。よし、やろう!」という“マーケティング先行”で作られてしまっているので、「悟空がソレをやっちゃダメじゃん…」みたいなエラーがガンガン発生している。
ここから僕らが学ばなきゃいけないのは、「ハリウッドの超一流のマーケターをもってしても、クリエイティブがウンコだったら大爆死する」ということ。
最近のニシノコンサルで、「この作品をどうやって広めていったらいいですか?」という相談があったんです。
そこで「そんなの(マーケティング)は後回しで良くて、それより何より、“この作品が圧倒的でないこと”が問題だと思います」とお返事しました。
初めて『映画 えんとつ町のプペル』のCMを見た日のことを覚えていますか?
→https://youtu.be/1g6Ca_UjOrs
映像を公開する前までは「声優を使ってない」だの「芸人がアニメ映画なんて作れない」だの散々言われていたのですが、それらの声は、あの90秒でピタリと止んだんです。
勝負はそこで決まっています。
クリエイティブ(クオリティー)から逃げちゃダメで、そこで圧倒的に勝ちきらないと未来は無い。
たとえ超一流のマーケターを擁していても。
ハリウッドにおける日本のIP史(30年史)は、そのことを僕らに教えてくれたように思います。
現場からは以上です。
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