懐かしブログ5日目です!
今日はサン・ジャン・ド・リュズからビアリッツへは
駅前から出ているバスで移動します。
が、ビアリッツの見どころは海沿いなのですが
駅の近くに着いてしまいました。
海までは、40分位歩かなくではなりません。
荷物が重い・・・・・・・。
ショックで写真を撮るのを忘れてしまいました。
途中で海までの道を聞き、あと30分位とのことで
歩き続けていたら、「チョコレート博物館」の看板を発見!
寄り道をして行こう!!!
ということになりました。
ここが、運命の分かれ道。
歩く。
ここは、高級別荘地です。
ビアリッツはサーフィンのメッカで、プロサーファーも
別荘を建てるのが成功者の証だとか・・。

まだまだ歩きます。

海だ!!!!!!!!!!!!
今日の波のコンディション。
この写真ではあまりわかりませんが
サイズは肩~頭くらい。
サイドオフショア。
セットで入ってきています。
たくさんの人がは入っています。
まだまだまだ歩きます。

2時間は歩いたでしょう。

チョコレート博物館に到着。
チョコレートの歴史の映画を観て
館内を見学。

フランス側のバスクは、フランスのチョコレート発祥の地です。
新大陸から持ち帰られた、この“異国の秘薬”は、またたく間にスペインの王宮で人気を博します。スペイン王は、その甘くほろ苦い飲み物に夢中になり、製造法は国内に秘匿されました。
さらには約1世紀にわたってカカオ貿易は、スペインが独占。
また、特権階級の人々だけが楽しめる高級嗜好品とするために、カカオには法外な税金まで課せられたといいます。しかし、密かにチョコレートが日常的に飲まれていた場所がありました。それはカトリックの修道院──。高い栄養価とかぐわしい香り、そして断食の際の滋養強壮薬として、修道士たちはチョコレートを愛飲していたのでした。
そのチョコレートがスペインからフランスへ正式にもたらされたのは、1615年、スペイン王フェリペ2世の娘、アンヌ・ドートリシュがルイ13世に輿入れをした際と一般にはいわれています。
しかし、ピレネー山脈を隔ててスペインと国境を接するフランス・バスク地方のバイヨンヌでは、じつはそれより30年以上も前の1580年、すでにフランス初のチョコレート工場が誕生していました。バイヨンヌは、アドゥール川とその支流ニーヴ川の合流点に築かれた古い街。このフランス・バスク地方の中心都市は、古代ローマの時代から街道筋の町として栄えており、スペインから密かにカカオやチョコレート製法の技術が伝わっていたのです。
ということです。
博物館の中も外も、チョコレートの香りでいっぱいです。
が、ここからビアリッツの中心地までは、まだ30分以上あるそーで・・・・・・・・・・・・。
まだ、歩きます。

途中の公園では、多くの人たちが、「ペタンク」を楽しんでいます。
日本ではあまり見ない光景です。
でも以前、日本でもペタンクの日本選手権?だったかありまして
2メートルのパエリアパンで、1000人分くらいの「パエリア」を作りに行ったことがあります。
日本も頑張れ!

ここは高級リゾート地。
高級ブランドのショップやデパート
カジノまであります。
街並みを堪能して、このままバスでバイヨンヌへ向かうことにしました。
























































