朝、スマホの画面に映るCMやSNSの投稿を眺めていると、「みんなこうしている」という断定口調が次々に目に飛び込んでくる。その声は、整形広告のキャッチコピーかもしれないし、ハイブランドの開封動画かもしれない。そこで少し立ち止まって考えてみよう。そこに並んでいるような「普通」「定番」「常識」といった語は、誰かが便宜上作ったラベルに過ぎない。心理学者アッシュの同調実験で示されたように、人間は周囲の判断を「空気」として受け取りやすく、線の長短すら曖昧になるほどなのだ。
アルゴリズムが個々の関心事を増幅するSNSでは、その傾向がさらに強まる。タイムラインに現れるキラキラした生活は、実際の人口比から見れば極僅かなサンプルに過ぎないのにも関わらず、我々は「多数派=正しさ」と錯覚しがちである。この“フォールス・コンセンサス効果”は、スタンフォード大の研究でも実証されている。つまるところ、「みんな」が本当にみんなであることは、殆どないのだ。
ここで一つ、脳の「社会的疼痛」という仕組みに触れておこう。東京大学のfMRI研究において、仲間外れのシグナルを感じ取ると、身体的な痛みと同じ部位が反応するという実験結果が報告されている。「置いて行かれたくない」と不安になるのは、生存本能としてごく自然な反応だろう。しかし、現代社会において群れから外れた瞬間に捕食者が襲ってくることはない。痛みのセンサーだけが空回りしている、と言い換えてもいいだろう。
では、その錯覚から一歩引く具体的な方法は何なのだろうか。まず公的統計に目を通してみる。これだけで「平均像」が案外緩いことに気付ける。Job総研の調査では、副業所得がゼロ円の人が八割を占めるし、厚労省の生活基礎調査で示される平均体重は、SNSに溢れるモデル級の数字とは大きくかけ離れている。次に、情報源の距離を意識的に広げることだ。地方局のラジオや海外のポッドキャストを流し聞きするだけでも、世界の輪郭は滑らかになり、タイムラインで膨らんだ“普通”はすぐ萎んでいくことだろう。
それでも平静でいられない夜は、自分の一次感情を一語で書き留めてみるといいだろう。「羨ましい」「寂しい」「怖い」などと言語化するだけで扁桃体の過剰反応は下がり、思考の回転数も落ち着いてくるものだ。もし、涙が滲むほど苦しいときは、一人であっても構わないが、安全基地になりそうな友人に「月が綺麗だね」などの短いメッセージを送ってみるといいだろう。ハーバード成人発達研究が示すとおり、良質な人間関係は幸福度の最も強力な決定因子である。スタンプ一つが、長期的な安心の貯金になるのだ。
ここで「小さきマイノリティ」(少数派の意)の例として、左利きを挙げよう。世界の一割しかいない左利きは、改札や学校の机など、右利き設計の社会で常に「普通ではない」体験をしている。過去には無理やりにでも右利きに矯正する親がいたことさえもあるのだ。それでも左利きが未だ淘汰されずに残る理由の一つには、少数派が存在することで集団の適応力が高まる「ネガティブフリークエンシー依存」説がある。例えば、スポーツでは左利きの不意を突く動きが勝敗を分けることも多く、その存在自体がチームの武器になるのだ。つまり、君が抱える「変わった部分」こそが、社会全体のバリエーションを支えている可能性さえあるのだ。
無論、違いを主張すれば批判の矢が飛んでくる場面もあるだろう。しかし米ピューリサーチのデータによれば、ツイート全体のうち攻撃的リプライはわずか3%とのことだ。対象集団や判定基準で数値が大きく変わるが、研究により 3〜7 %である。声が大きいだけで実際のリスクは体感よりずっと低いのだ。不安を完全に消すことはできなくとも、「たった3%のノイズか」と知れば、恐怖の輪郭はぐっと小さくなることだろう。
最後になるが、日常に取り入れやすい「マイクロレジリエンス」を紹介しておこう。いつもの散歩道を一本違う方向に逸れ、見慣れぬ喫茶店の匂いを吸い込んでみる。コンビニで勧められたポイントカードに笑顔で「今日はいいです」と断ってみる。寝る前、まだ答えが出ない疑問をノートに殴り書き、未解決としてそのまま眠らせるなど、どれも小さな行為ではあるが、脳は「自分で選んだ」という感覚だけで自己効力感を回復させる。
宇宙の視点に話を広げれば、地球はやや傾いた自転軸と大きな月を持つ「歪な惑星」だ。その不均衡が気候を安定させ、生命を育んできた。奇妙さは弱点ではなく、寧ろシステム全体を支えるバランサーなのだ。読者の君の内側にも、そんな唯一無二の角度が隠れているはずである。次に誰かが「普通じゃないね」と言おうものなら、少し眉を上げて尋ね返すのだ。「それ、誰が決めた普通なんだ?」と。その瞬間、透明な檻の鍵は開き、外の景色は君の歩幅でゆっくり広がり始めることだろう。.........何が普通か聞いたら面倒くさいと言われただって?言え、「うるせぇ!!なにを被害者面してんだ!!!!」と。
