『ほれ!ハンコだ。押してくれ』と、御主人が言ってきた。
『坂本様、今は法がうるさくなりまして、署名、捺印はお客様自らしていただかなくてはならないんです。そこは、ご了承くださいませ。』
『そうなのか?わかった。』
『それからなのですが、お見積りはご覧頂きましたか?』
『いや?』
『山田から大体のお値段等はお聞きになられていますか?』
『いや。だって、山田さんは売り込みや仕事の話をしないからね。しいていえば、君の話位だ。』
えっ!!!
参った。これだけの家だ。かなりいく。。。
『失礼ですが、ご主人様の御意向としてはどこから、どこまでをご希望されているのでしょうか?』
と聞くと、
『全部だよ。』
『全部だよ。外装、水廻り、室内の床、イヤ、床はいいや。あと、壁紙。。。』
ウソだろ、と思った。
間違いなくそれを希望に沿う形でやれば、一日で山田は今月のトップセールになる。
けど、
『ご予算は・・・いくら位でお考えでしょうか?』
『ない。そんな事、素人には分からないよ』
そうですよね。当たり前ですよね。と、心の中で思っていた。
『坂本様、20分ほどお時間頂けますか?』と聞くと
『いいよ。。年金暮らしだし、山田さんと将棋の話でもしてるから・・・』と言われた。
俺は、車に戻り、ノートパソコンとA4の簡易プリンターとカバンを持ってきた。
『奥様、図面ありますか?』と聞くと、直ぐに出してくれた。
俺は図面を見ながら見積もりを作っていく。
見積もりを作るにつれ、金額を増していく。
一発では無理だな。。。
出来上がった。
金額が・・・・
プリンターからデータを出力して、見積もりをだし、席に着いた。
『坂本様、かなりの金額になりなすね。お家が大きいので、こちらになります・・・』
『うんっ!分かった。お願いするよ。』
えっ!
俺は少し動揺しながら、『ありがとうございます』と言った。
『山田さん、契約書を・・』というと、
『本部長が書いてください。こんなこと言ったら、怒られるでしょうが、坂本さんとは、友達なんで、友達に物を売ったり、お金を貸し借りするのは嫌なんです。』と言う。
参った!
『私が契約書を書かせて頂いても、よろしいでしょうか?』と聞くと、
『構わないが、実績は山田さんになるんだろうね。』と聞いてきた。
本来は、自分でサインをしないと歩合対象にはならないが、レアケースで押し通そうと思った。
『勿論です』
『では、構わないよ。』と言ってくれた。
俺は契約書に仕様内容を書き込み、契約金額を書き込む。
契約金額、850万。
御主人がサインと捺印をしてくれ、契約締結。
『ありがとうございました。』というと、
『宜しく頼むよ。あっ!山田さんともう少し話がしたいんだが・・・』と、御主人が言う。
『構わないですよ。坂本様、私からお願いがあるんですが・・・』
『今日は山田の契約日です。一杯飲ませてあげてください。』と、いい微笑んだ。
『わかったよ。とことん飲むぞ。なぁ、山田さん。』と言った。
俺は山田さんに、今日は直帰していいよといい、挨拶をして会社に戻った。
3年間の賜物なのか?それとも、無欲の恩恵なのか?
俺には理解できなかったが、いずれにしても、真似のできないし、恩恵も俺には来ないなぁと思った
でも、人間的に俺は山田さんの事を、素晴らしい人だと感じた。
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