もともと観光に行った訳ではない
行ってみたら個人的な用事が無くなっていたという かなり
な情況で
帰りのチケットが5日後だったから
暇つぶしに観光しただけだし
だいたい行きの飛行機からして 寒波で乗り継ぎのフィウチミーノ空港閉鎖
ピサ空港で下ろされてお仕立てバスでフィウチミーノ空港まで行ったはいいが
荷物が行方不明
どうやら同じ飛行機に乗っていた日本のキリスト系学校の荷物と共に
空港からローマ市内のホテルに回送されたらしいとのこと
仕方なしに学校の方にお願いしてホテルまで送迎バスに同乗させてもらった
荷物がホテルに到着したころにはチュニス行きはとっくに出発している時刻で
空港も閉鎖のまま
ホテルにお願いしてなんとかローマにて1泊
夕飯はない! と無情な宣告を受けるも
学校の方のご好意で欠員分の夕飯を食べさせて頂けた
翌朝空港まで行ってはみたが 寒波の影響で運行がめちゃくちゃ
5時から18時過ぎまで
アリタリアのカウンターでわけのわからんイタリア語にもみくちゃにされながら
チュニス行きの表示が出るのを必死に待ってた
出た!と思ったらもう搭乗開始になってる (@Д@;
なんとしてもこの便は逃せん!と思うものの
搭乗受付カウンターは長蛇の列
呆然としてたら日本語で声をかけられた
ドイツに駐在している日本の商社の方で 家族旅行でローマに来たとおっしゃっていた
その前にアリタリアのカウンターで揉めていた時にお会いした方
イタリア語喋れるか?ならば英語は?じゃ私はあなたの相手は出来ない
とcloseの札をバン!と目の前に置いて去って行ったイタリア人と次回組むのは止めようと思う
あなた何やってるんですか!これ逃すと明日まで便ありませんよ!
と 前に並んでる人達に事情を説明してくれながらぐいぐいと前に連れて行ってくれた
カウンターに辿り着いた瞬間 チュニス行きの表示が ぱた・・・
消えて
しまった
商社の方がえらい剣幕でグランドと交渉
荷物はもう積めないが人だけなら乗せてやる というグランドのありがたくもタカビーなお言葉
翌日以降の便で荷物は届くと約束してくれたので
走って飛行機に・・・着いたら待合室のドアが閉められたところだった
最終搭乗バスも出発しかかってたのを うぎゃーーーー!!!!と止めて
なんとか滑り込み 無事チュニスに着いたと思ったら
両替所は閉まっている (゜д゜;)
隠し持っていたディナール(すいません)でタクシーに乗ることができた
だいたい通貨の持ち出しが禁止されている国なのに
国際空港の両替が閉まってるってどういうこと?!
事前の準備が大切と痛感 よかった~
荷物も 毎日空港の保管倉庫まで通って
自分で探せって・・・
世の中にこんなに行方知れずの荷物が保管されてる場所があることに衝撃
空自の格納庫ほどの保管倉庫から自分の荷物を探し出すのに3日かかってしまった
その間着の身着のまま ばっちい
なんとか辿り着いたチュニジアは
逆三角形のビルが唯一目立つだけの 普通の小さな地方都市のようだったけど
黄色っぽい砂漠とでっかい夕陽とエメラルドグリーンのティレニア海が美しい国だった
決して豊かではないし 教育水準も高いとはいえない
が 何か一つでも たとえジェスチャーででも判り合えたら
とても素朴で人懐っこい人達がいる
またチュニジアに行きたいと思いつつ時は過ぎてしまったが
何時の日にか安全に旅行者が訪れる事ができるように祈っている
行ってみたら個人的な用事が無くなっていたという かなり
な情況で帰りのチケットが5日後だったから
暇つぶしに観光しただけだし
だいたい行きの飛行機からして 寒波で乗り継ぎのフィウチミーノ空港閉鎖
ピサ空港で下ろされてお仕立てバスでフィウチミーノ空港まで行ったはいいが
荷物が行方不明
どうやら同じ飛行機に乗っていた日本のキリスト系学校の荷物と共に
空港からローマ市内のホテルに回送されたらしいとのこと
仕方なしに学校の方にお願いしてホテルまで送迎バスに同乗させてもらった
荷物がホテルに到着したころにはチュニス行きはとっくに出発している時刻で
空港も閉鎖のまま
ホテルにお願いしてなんとかローマにて1泊
夕飯はない! と無情な宣告を受けるも
学校の方のご好意で欠員分の夕飯を食べさせて頂けた
翌朝空港まで行ってはみたが 寒波の影響で運行がめちゃくちゃ
5時から18時過ぎまで
アリタリアのカウンターでわけのわからんイタリア語にもみくちゃにされながら
チュニス行きの表示が出るのを必死に待ってた
出た!と思ったらもう搭乗開始になってる (@Д@;
なんとしてもこの便は逃せん!と思うものの
搭乗受付カウンターは長蛇の列
呆然としてたら日本語で声をかけられた
ドイツに駐在している日本の商社の方で 家族旅行でローマに来たとおっしゃっていた
その前にアリタリアのカウンターで揉めていた時にお会いした方
イタリア語喋れるか?ならば英語は?じゃ私はあなたの相手は出来ない
とcloseの札をバン!と目の前に置いて去って行ったイタリア人と次回組むのは止めようと思う
あなた何やってるんですか!これ逃すと明日まで便ありませんよ!
と 前に並んでる人達に事情を説明してくれながらぐいぐいと前に連れて行ってくれた
カウンターに辿り着いた瞬間 チュニス行きの表示が ぱた・・・
消えて
しまった商社の方がえらい剣幕でグランドと交渉
荷物はもう積めないが人だけなら乗せてやる というグランドのありがたくもタカビーなお言葉
翌日以降の便で荷物は届くと約束してくれたので
走って飛行機に・・・着いたら待合室のドアが閉められたところだった
最終搭乗バスも出発しかかってたのを うぎゃーーーー!!!!と止めて
なんとか滑り込み 無事チュニスに着いたと思ったら
両替所は閉まっている (゜д゜;)
隠し持っていたディナール(すいません)でタクシーに乗ることができた
だいたい通貨の持ち出しが禁止されている国なのに
国際空港の両替が閉まってるってどういうこと?!
事前の準備が大切と痛感 よかった~
荷物も 毎日空港の保管倉庫まで通って
自分で探せって・・・
世の中にこんなに行方知れずの荷物が保管されてる場所があることに衝撃
空自の格納庫ほどの保管倉庫から自分の荷物を探し出すのに3日かかってしまった
その間着の身着のまま ばっちい

なんとか辿り着いたチュニジアは
逆三角形のビルが唯一目立つだけの 普通の小さな地方都市のようだったけど
黄色っぽい砂漠とでっかい夕陽とエメラルドグリーンのティレニア海が美しい国だった
決して豊かではないし 教育水準も高いとはいえない
が 何か一つでも たとえジェスチャーででも判り合えたら
とても素朴で人懐っこい人達がいる
またチュニジアに行きたいと思いつつ時は過ぎてしまったが
何時の日にか安全に旅行者が訪れる事ができるように祈っている
チュニスに行ったのはジャスミン革命の遥か前
砂漠と海に囲まれた小さな小さな首都だった
街角には機関銃を携行した歩哨が立ち
パンの値段が1日で3倍になるような情況で
食料暴動が起きそうな気配だったらしい
個人旅行だったのに チケットを手配した旅行会社の担当はなにも情報をくれなかった
何とかなると思って・・って おい!!!!!!!
その頃 まだ東洋人は珍しく
日本人といえば ロケットの打ち上げ関係の技術者が駐在しているくらい
私が街を歩いていて振り向くと
なぜかゾロゾロと暇そうな現地の男性が付いて来る
平たい顔人はかなり目立つらしい
物乞いの女性はブルカ姿で 黙ったまま手を出して付いて来る
それ以外の女性を目にする事もない
昼食を買おうにも 食糧品屋の軒先に立っただけで店員が逃げて行く
ならばカフェじゃ! とドアを開ければ
男性ばかりの客が (゚Ω゚;)
店員はカウンター裏の厨房に ε=ε=ε= ヾ(~▽~)ノ
カウンターで粘ってみたが 店を出るまで再登場はなかった
言葉はアラビックとフランス語
英語が通じるのはそこそこお高いホテルのフロントに1名いるかいないか
もっとも私も英語は話せないのでどーでもよかったのだがw
泊まっていたホテルのフロントは全く英語が判らないので
日本人技術者達が宿泊しているホテルまで行って
フロントでタクシー呼んでもらったりした
チュニジアはフランス領だったので
紅毛碧眼の 一見フランス人
でもアラビックしか話せない人も多い
若いタクシー運転手もアラビックと片言のフランス語のみだったけど
こっちも片言のフランス語と理解してもらえない英単語と日本語とジェスチャーで
カルタゴの遺跡とかあちこち案内してもらって
ぼったくりのお土産売りを蹴散らしてくれたり
初対面のドライバーと珍道中
記念に遺跡に名前刻めと 落ちていた釘を渡された時はかなりビックリした
そんな事をしてはいけないと日本語でいってはみたものの
こちらの表情で察したのか それでも
みんな書いているのに・・と残念そうに首を振っていたっけ
お別れのときチップを渡そうとしたら押し戻してくるので
チップ足りないのか?と思ったら
握手して欲しかったらしい
ホントに?と手を差し出すと
満面の笑顔でがっしり手を握られて
乗ってくれてありがとう ヾ(@°▽°@)ノ
日本人乗せたの初めてで嬉しかったんだって ^^
砂漠と海に囲まれた小さな小さな首都だった
街角には機関銃を携行した歩哨が立ち
パンの値段が1日で3倍になるような情況で
食料暴動が起きそうな気配だったらしい
個人旅行だったのに チケットを手配した旅行会社の担当はなにも情報をくれなかった
何とかなると思って・・って おい!!!!!!!
その頃 まだ東洋人は珍しく
日本人といえば ロケットの打ち上げ関係の技術者が駐在しているくらい
私が街を歩いていて振り向くと
なぜかゾロゾロと暇そうな現地の男性が付いて来る

平たい顔人はかなり目立つらしい
物乞いの女性はブルカ姿で 黙ったまま手を出して付いて来る
それ以外の女性を目にする事もない
昼食を買おうにも 食糧品屋の軒先に立っただけで店員が逃げて行く

ならばカフェじゃ! とドアを開ければ
男性ばかりの客が (゚Ω゚;)
店員はカウンター裏の厨房に ε=ε=ε= ヾ(~▽~)ノ
カウンターで粘ってみたが 店を出るまで再登場はなかった

言葉はアラビックとフランス語
英語が通じるのはそこそこお高いホテルのフロントに1名いるかいないか
もっとも私も英語は話せないのでどーでもよかったのだがw
泊まっていたホテルのフロントは全く英語が判らないので
日本人技術者達が宿泊しているホテルまで行って
フロントでタクシー呼んでもらったりした
チュニジアはフランス領だったので
紅毛碧眼の 一見フランス人
でもアラビックしか話せない人も多い
若いタクシー運転手もアラビックと片言のフランス語のみだったけど
こっちも片言のフランス語と理解してもらえない英単語と日本語とジェスチャーで
カルタゴの遺跡とかあちこち案内してもらって
ぼったくりのお土産売りを蹴散らしてくれたり
初対面のドライバーと珍道中
記念に遺跡に名前刻めと 落ちていた釘を渡された時はかなりビックリした
そんな事をしてはいけないと日本語でいってはみたものの
こちらの表情で察したのか それでも
みんな書いているのに・・と残念そうに首を振っていたっけ
お別れのときチップを渡そうとしたら押し戻してくるので
チップ足りないのか?と思ったら
握手して欲しかったらしい
ホントに?と手を差し出すと
満面の笑顔でがっしり手を握られて
乗ってくれてありがとう ヾ(@°▽°@)ノ
日本人乗せたの初めてで嬉しかったんだって ^^