チュニスに行ったのはジャスミン革命の遥か前

砂漠と海に囲まれた小さな小さな首都だった

街角には機関銃を携行した歩哨が立ち

パンの値段が1日で3倍になるような情況で

食料暴動が起きそうな気配だったらしい

個人旅行だったのに チケットを手配した旅行会社の担当はなにも情報をくれなかった

何とかなると思って・・って おい!!!!!!!

その頃 まだ東洋人は珍しく

日本人といえば ロケットの打ち上げ関係の技術者が駐在しているくらい

私が街を歩いていて振り向くと

なぜかゾロゾロと暇そうな現地の男性が付いて来る 汗

平たい顔人はかなり目立つらしい

物乞いの女性はブルカ姿で 黙ったまま手を出して付いて来る

それ以外の女性を目にする事もない

昼食を買おうにも 食糧品屋の軒先に立っただけで店員が逃げて行く あせる

ならばカフェじゃ! とドアを開ければ

男性ばかりの客が (゚Ω゚;)

店員はカウンター裏の厨房に ε=ε=ε= ヾ(~▽~)ノ

カウンターで粘ってみたが 店を出るまで再登場はなかった ダウン

言葉はアラビックとフランス語

英語が通じるのはそこそこお高いホテルのフロントに1名いるかいないか

もっとも私も英語は話せないのでどーでもよかったのだがw

泊まっていたホテルのフロントは全く英語が判らないので

日本人技術者達が宿泊しているホテルまで行って

フロントでタクシー呼んでもらったりした

チュニジアはフランス領だったので

紅毛碧眼の 一見フランス人

でもアラビックしか話せない人も多い

若いタクシー運転手もアラビックと片言のフランス語のみだったけど

こっちも片言のフランス語と理解してもらえない英単語と日本語とジェスチャーで

カルタゴの遺跡とかあちこち案内してもらって

ぼったくりのお土産売りを蹴散らしてくれたり

初対面のドライバーと珍道中

記念に遺跡に名前刻めと 落ちていた釘を渡された時はかなりビックリした

そんな事をしてはいけないと日本語でいってはみたものの

こちらの表情で察したのか それでも

みんな書いているのに・・と残念そうに首を振っていたっけ

お別れのときチップを渡そうとしたら押し戻してくるので

チップ足りないのか?と思ったら

握手して欲しかったらしい

ホントに?と手を差し出すと

満面の笑顔でがっしり手を握られて

乗ってくれてありがとう ヾ(@°▽°@)ノ

日本人乗せたの初めてで嬉しかったんだって ^^