最近、強く感じることがある。
それは人の心とその先が薄ぼんやりと見えるようになること。
自分が強く感じる対象の人間の性格とその数年後が見えてしまう。
意識せずとも感覚が対象に集中しているのがわかるようになる。
この感覚は自分が困難な環境に身を置くようになるとより感度が増す。
実際は後戻りのできない切羽詰まったサバイバルな状態。
だから、自分も真剣なのだと思う。苦痛を伴わないのが唯一の救いだけれども。
しかし、条件が揃わないと急に見えなくなる第二の目でもある。
およそ10年に一度の周期で最も強くなり、
一昨日と昨日の晩に強い寒気に全身が包まれるようになって、
始まったことを認識した。
はじめは寒くなったので風邪かなぐらいに感じていたのだけれど、
明らかに違っていた。
もちろん、あとから気がついたことだけども。
これまで、自分の人生において絶対に動かすことのできないことが
大きく動き始めたからだと思う。
できないづくしだったつい先週までは、目に膜がはっているかのように
すべてのものが見えづらかった。
しかし、自分だけでそのようなことを引き起こしているわけではなく、
背後に私に力を寄せてくれている人たちがいるのも事実。
身近に存在していても電話でしかつながってはいない数人の人たちが
私のために動こうと必死になっていることがわかってから
どうも私の何かにスイッチが入ってしまったみたいだ。
本人はもともと危機から逃げることなど毛頭考えていないし、
なればなったで正面から常に突破しようと考えている。
しかし、周囲の人たちはそれが気が気でならないようだ。
本人はいたって執着しないし、たとえ命を失うことがあっても
厭わないと思う。
危機といっても、これは私の人生を蝕んできた私以外の存在への
取り組みになる。
明るい前兆が見えているのは確かだ。
勇気出せよ!
一昨日、Julien から紹介されていた友だちからメッセージが
I wish U A MERRY CHRISTMAS !
フランス領タヒチで仕事をしているDavidからだった。
connectしてたので、Merci! Joyeux Noël, David!!
と直ぐに返信してみると、
何だか、暗い内容の返事が返ってきた。
これまでの人生でひとりっきりのクリスマスは初めてなんだ。
いま僕はダークサイドにいる云々・・・
との内容で、こちらもどうしたものかと(+_+)、
とにかく頑張れ!というシチュエーションでもないし、
でも、元気出せのつもりでBe Brave!とかいっている自分^_^;
これじゃ何に対して勇気だすんだよって感じ(笑)?
Cheer up!とどうしていえなかったのだろう。
Davidがここにいれば、食事にでも誘ったんだけどな・・・
なんて、ミサに行く前で落ち着かないのに、なだめようと必死だった。
さみしさから日本に来たいらしく、フランス本国よりも日本は近いと
しきりにアピールしている。いつでもおいでよといって話を終えた。
仕事の関係で泣く泣く今年からタヒチに行くことになったらしい。
確かにホームシックなのかもしれない。
言葉は通じても友達を作るのが難しいのは、自分も社会人になって
転勤したときに痛切に感じたことだ。
言葉のあまり通じない私と話したいくらいだから、
よほどに寂しかったのではないかと思う。
自分の兄弟のような連中から、連絡をもらうことがある。
私の職業に信頼をおいてくれているのかも知れないけれど、
年の離れた連中は、それなりに、きっと先の見えない将来のことを
不安に感じているのだと思う。
そして、笑いの陰には憂いがあるのも常のようだ。
一見華やかな芸能やアートの世界に生きる彼らは、
時々、狂ったような発言をしているのに出くわす。
それは心の闇と格闘しているかのようにみえてしまう。
誰にでもある瞬間だと思う。
自分をみつめて、自己を演出できるよう、
限られた時間をうまく活用して自分らしい生き方を
していってもらいたいと切に願っている。
そんなFBという社会には、国境を越えた何かがある反面、
やはりダークサイドもある。
一歩間違えれば、ストーカーのような人たちがいる。
ログインするとすぐにpokeを送ってくる人、
私のwallに連日postする人、メッセージをやたら送りつける人。
私が記事をupした直後にHelloコメントを書き込む人。
そしてもっとも遠慮してもらいたいのは、
コメントを返すと何度もコメントを書き込み、
なかなかやり取りが終わらない人。
などなど、これが実生活だとしたらちょっと怖いかもしれない。
もっとも、私の顔が怒っていれば何事もないのかもしれないが。
はじめのうちは、女性のコメントでどんどん埋まっていく感じに
変な錯覚を覚えていた時もあったのだけど、
最近はlikeだけの人のほうが嬉しいというか、
控えめな人のほうが自分は好きだ。
さらに、しつこい女性よりは、さりげない男性のlikeクリックをもらうと
とても嬉しくなってしまったりする。
根が淡泊だからか、ベタベタされるのがちょっと苦手なのかもしれない。
ペガサスを引き合いに出すのはおかしいけれど、
束縛をもっとも嫌い、好意を持つ人にはどんな遠くからでも
すべてを受け入れ、すべてを与えようとしてしまう。
選り好みが激しくて、突き放されるほど追いかけたくなる(笑)
つまり、一言でいえば、自分勝手で気まぐれ屋。
しょうもない生き物だと思う。
というか、想像上の生き物だった・・・爆)))
これだから、ダメなんや(^^ゞ
Be brave !
これは自分にかけた言葉だったのだと思う。
一昨日、Julien から紹介されていた友だちからメッセージが
I wish U A MERRY CHRISTMAS !
フランス領タヒチで仕事をしているDavidからだった。
connectしてたので、Merci! Joyeux Noël, David!!
と直ぐに返信してみると、
何だか、暗い内容の返事が返ってきた。
これまでの人生でひとりっきりのクリスマスは初めてなんだ。
いま僕はダークサイドにいる云々・・・
との内容で、こちらもどうしたものかと(+_+)、
とにかく頑張れ!というシチュエーションでもないし、
でも、元気出せのつもりでBe Brave!とかいっている自分^_^;
これじゃ何に対して勇気だすんだよって感じ(笑)?
Cheer up!とどうしていえなかったのだろう。
Davidがここにいれば、食事にでも誘ったんだけどな・・・
なんて、ミサに行く前で落ち着かないのに、なだめようと必死だった。
さみしさから日本に来たいらしく、フランス本国よりも日本は近いと
しきりにアピールしている。いつでもおいでよといって話を終えた。
仕事の関係で泣く泣く今年からタヒチに行くことになったらしい。
確かにホームシックなのかもしれない。
言葉は通じても友達を作るのが難しいのは、自分も社会人になって
転勤したときに痛切に感じたことだ。
言葉のあまり通じない私と話したいくらいだから、
よほどに寂しかったのではないかと思う。
自分の兄弟のような連中から、連絡をもらうことがある。
私の職業に信頼をおいてくれているのかも知れないけれど、
年の離れた連中は、それなりに、きっと先の見えない将来のことを
不安に感じているのだと思う。
そして、笑いの陰には憂いがあるのも常のようだ。
一見華やかな芸能やアートの世界に生きる彼らは、
時々、狂ったような発言をしているのに出くわす。
それは心の闇と格闘しているかのようにみえてしまう。
誰にでもある瞬間だと思う。
自分をみつめて、自己を演出できるよう、
限られた時間をうまく活用して自分らしい生き方を
していってもらいたいと切に願っている。
そんなFBという社会には、国境を越えた何かがある反面、
やはりダークサイドもある。
一歩間違えれば、ストーカーのような人たちがいる。
ログインするとすぐにpokeを送ってくる人、
私のwallに連日postする人、メッセージをやたら送りつける人。
私が記事をupした直後にHelloコメントを書き込む人。
そしてもっとも遠慮してもらいたいのは、
コメントを返すと何度もコメントを書き込み、
なかなかやり取りが終わらない人。
などなど、これが実生活だとしたらちょっと怖いかもしれない。
もっとも、私の顔が怒っていれば何事もないのかもしれないが。
はじめのうちは、女性のコメントでどんどん埋まっていく感じに
変な錯覚を覚えていた時もあったのだけど、
最近はlikeだけの人のほうが嬉しいというか、
控えめな人のほうが自分は好きだ。
さらに、しつこい女性よりは、さりげない男性のlikeクリックをもらうと
とても嬉しくなってしまったりする。
根が淡泊だからか、ベタベタされるのがちょっと苦手なのかもしれない。
ペガサスを引き合いに出すのはおかしいけれど、
束縛をもっとも嫌い、好意を持つ人にはどんな遠くからでも
すべてを受け入れ、すべてを与えようとしてしまう。
選り好みが激しくて、突き放されるほど追いかけたくなる(笑)
つまり、一言でいえば、自分勝手で気まぐれ屋。
しょうもない生き物だと思う。
というか、想像上の生き物だった・・・爆)))
これだから、ダメなんや(^^ゞ
Be brave !
これは自分にかけた言葉だったのだと思う。
昨晩は今日からの勤務に備えて早く休んでしまった。
ハードだった勤務明けだったのだけど、30年近く出席していなかった
クリスマスミサに、まだ時々跛行が出てしまうのだけど、
何かに背中を押されるように、カテドラルへ向かった。
司祭やみなさんに温かく迎えられ、グッときてしまった自分。
これまでずっと自分を否定してきたのだけど、
いまは本来の自分と新しい自分を感じている。
今朝、FBを覗いてみると、まるでシムシティのゲームのように
自分のwallが一変していて笑ってしまった。
クリスマスイヴは静かに過ごすんじゃなかったのかな(笑)
まるでお祭りのようなにぎわい^_^;
家族と過ごせない人や、若い?一人ものが多いのかと思ってしまうほどだった。
思ったのは、宗教を超えてのお祝いムードだったこと。
でもちょっと困ったのは、返事をする際Merry Christmas と言っていいものか
イスラムやユダヤの人に対しては一瞬躊躇してしまった。
何はともあれ、アメリカ在住の同級生に、本番は今日(25日)だからねと言われてしまった。
なるほど、その通りだ(^^)
今日もよい一日を!
iPhoneからの投稿
ハードだった勤務明けだったのだけど、30年近く出席していなかった
クリスマスミサに、まだ時々跛行が出てしまうのだけど、
何かに背中を押されるように、カテドラルへ向かった。
司祭やみなさんに温かく迎えられ、グッときてしまった自分。
これまでずっと自分を否定してきたのだけど、
いまは本来の自分と新しい自分を感じている。
今朝、FBを覗いてみると、まるでシムシティのゲームのように
自分のwallが一変していて笑ってしまった。
クリスマスイヴは静かに過ごすんじゃなかったのかな(笑)
まるでお祭りのようなにぎわい^_^;
家族と過ごせない人や、若い?一人ものが多いのかと思ってしまうほどだった。
思ったのは、宗教を超えてのお祝いムードだったこと。
でもちょっと困ったのは、返事をする際Merry Christmas と言っていいものか
イスラムやユダヤの人に対しては一瞬躊躇してしまった。
何はともあれ、アメリカ在住の同級生に、本番は今日(25日)だからねと言われてしまった。
なるほど、その通りだ(^^)
今日もよい一日を!
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