
誰もが不安に苛まれる時がある。
先日、交通事故にあったMichael は、
いま重度のうつと解離性障害に陥っている。
彼には家族がない。
強いていえば公館に属している慈善団体のメンバーが彼の家族なのだろう。
だからもう、私は彼の家族ではないとも言えるのだけれど、
私はいまでも家族だと思っている。
しかしなんとかしてやりたいと思っても、
あまりの厳しい状況に、担当医に頭を下げることしかできない。
いまは時の神に委ねるほかない。
今朝、Julienから今日はEasterだから教会に行くの?ときかれ、
生憎、仕事で行けそうにないんだと答えると、
僕も家でお祈りするよと返事が返ってきた。
FBはEasterのお祭りの色彩が強くなっている。
もっともクリスチャンにとっては大きな行事のひとつだ。
Julienの父親は、船乗りをリタイアしたのち、週の4日を
貧しい人々の食事の用意をしているという。
母親も老人ホームで手伝いをしている慈善一家のようだ。
Julienの両親の写真を初めて見たとき、自分は何も知らないのに
涙が溢れ出てきてしまったのは、きっとこのことだったのかもしれない。
清い魂は顔にまで現れているようだ。
私も見習わなければならない。
