どんな世界に生きようと、
ときに自己を主張しなければ、その場に残ることさえ許されないことがある。
今回のノーベル医学・生理学賞に輝いた山中教授。
臨床医学(実際に患者さんの治療にあたる)の世界から、
基礎医学(患者さんの治療から離れて、動物実験等に明け暮れる)の分野に転身し、
すべてが新しい試みからの再出発だったことを考えると、
正に、運命の女神は彼に微笑んだに違いない。
彼の真摯な態度は、多くの人が様々なメディアから受け取ったことだろう。
私の知り得る限り、ある意味アブノーマルな研究生活において、
彼は、生命の持つ計り知れない「しくみ」に畏怖の念を抱いたことが伝わってくる。
その畏怖心が彼の研究を貫く信念や哲学という原動力になったのだろう。
畏怖心を彼は「謙虚」と表現する。
私は、彼に「医学」と「聖」の統合を見る。
間違いなく、彼を鼓舞してやまないその発見の驚嘆は、今後の世界を変えることだろう。
そして、第二、第三の「医聖」として歴史にその名を刻むことになるだろう。
世間を見回してみると、我も我もという我欲の塊の輩ばかりが目につく。
しかしながら彼の発見は、国家戦略という形で世界中の多くの企業がその利権の獲得に
血眼になるには十分すぎるものだ。もうすでに競争は始まっている。
どんな事象も視点を変えれば、利と害、正と邪、豊と貧と表裏一体の体を成している。
先人、利根川進に続く、分子生物学の世界の発展はさらに加速する。
gene(遺伝子)は神が書き残した私たちへの暗号。
その手紙の読解が難解であるがゆえ、人々を惹きつけて止まないものなのだと思う。
しかし、我欲を捨てられた者にしか、その真理は見えないはずである。