普段からレクイエム(鎮魂歌)を聞いているというのも
ちょっと変わっていると思う。
朝は、カール・ジェンキンスのスタバト・マーテルで始まり
夜はフォーレのレクイエムで終わる。
(もちろん、全楽章ではないです)
どちらもこころのリセットボタンになっているようだ。
人間は元々醜い生き物。
多くのその場面に出くわすと、どんどんと疲労がかさんでゆく。
何も自分がそうではないということではない。
自分も含め、せめて一日の始まりと終わりはそのベクトルを
聖へと向かわせたい心境になる。
病を持った多くの人は、まるで何かに憑りつかれたような
振る舞いを見せることがある。
どうしてその病が発現したのだろうと思うとき、
先天性のものを除き、私たちの生活の中に
必ず鍵はあると考えるのは当然ではないだろうか。
親から受け継いだものは肉体だけであって、魂は同根ではないはず。
魂は親の部分部分を受け継いだものではなく個であるということ
つまり私たちの魂がいかに肉体を運転するかということを
忘れてしまっている人が沢山いるのではないかと思う。
毎日の生活の中に潜んでいる悪しき習慣があったら
なるべく早く改善すべきではないだろうか。
残念ながら、誰かが直してくれるものではない。
もっとも簡単で難しいものに、食生活の習慣がある。
私は百人には百人の処方、レシピがあってしかるべきだと考えている。
よいというものにすぐ飛びつくのではなく、
考えて食事を摂るということが大切。
食品はみな生命を持っている。
この生命の所在がわからないものがあまりに多いことを
感じながら、選択されているだろうか。
毎日の積み重ね、日、一日一日がとても大切であることは
いうまでもないことです。
魂を鎮めれば、多くが見えてくるはずです。