ユニバーサル・デザインってーーーーっ
ここ数年、メディアによく出てくる、ユニバーサル・デザインってやつは、本音で語ると、デザイナーとしては嫌いである。 と断言するのは反社会的なような印象もあって、デザイナー非国民のレッテルを貼られてしまいのそーので、おとなしくしているデザイナーもさぞ多いかとおもうのだが、あえて、嫌いだ! と断言してみよう。
誰にでも使い易くてやさしいデザイン、こども、病人、老人、ハンディキャップを持った人でも、使いやすいデザインといのが、その目的なんだが、そもそもデザインって そういうもんで、それをあえて、ユニバーサル・デザインと称して、目的にしていまうあたりが実に偽善的な印象が強いんだね。つまり、そういうスローガンを使わないと、デザインの説得力がなくなってしまった、デザインの弱体時代ということでもあるんよ。 よく、デザインの学生が卒業制作で、身体障害者のための・・ とか、幼児のための・・ とか そういうテーマで制作をお行ってくれることあるけど、そういう場合は、へぼなデザインでも、評価しないと、社会的な悪者・・ってとられかねなくて、そこがいやらしいので、もっと違うテーマにしろ・・といいたくなることもある。 社会的、あるいは身体的に弱い人のことを考えて、もののデザインをするのは大切なことであるけど、あまり意識しすぎるのは、違った形ので差別じゃなかろうかとおもうのだ。 また、そいういうテーマを前面に出したデザインって、かなりひどいもあるんだね。つまり、デザイン力の勝負じゃなくて、テーマで攻め様って路線なわけです。
まあ、そんな主張をしないと、デザイナーの仕事の意味が軽く取られてしまうからというデザイン部門の戦略的な意義もあるんだろけど、昔、流行った「人間工学」と同じになってしまうような気がするんだな。
デザインというのは不思議なもので、あの使いにくくて、折れやすくて、汚れやすくて、ときどき爆発もする、IpodNANO とか、かなり好きなんだけど、どちらけと言えば、非人間工学的形状だし、アン・ユニバーサルデザインだよね(爆
君がIDデザイナーだとしたら、ユニバーサル・デエザイン・・マジですか?(笑