ARMサーバー、Nuvia訴訟、そしてArm自身のチップ製造

Armを取り巻く近年の動きは、「内製化」という言葉を軸にすると非常に見通しがよくなる。

MicrosoftやAmazon、GoogleなどのハイパースケーラーはサーバーCPUやAIインフラ向けチップを内製化している。AppleやQualcommなどの大口ライセンシーは、Armの命令セットを使いながらCPUコアそのものを自社設計ている。MediaTekのような大手ファブレスも、Armの物理実装済みIPに依存するのではなく、RTLレベルのIPをもとに物理設計やSoC最適化を自社で担う比重を高めている。

そしてその結果として、Arm自身もNeoverse CSS、リファレンス設計、さらにはAGI CPUのような実シリコンへ踏み込みつつあるこれは単なる新規事業ではなく、顧客側の内製化によって薄くなった取り分を、Arm自身がより上位レイヤーで取り戻そうとする動きと見ることができる。

ARMサーバーはなぜ広がりにくかったのか

ARMサーバーは、長年にわたり「次のx86代替」として期待されてきた。低消費電力、高密度実装、スケールアウト処理との相性、そしてArmエコシステムの広がりを考えれば、サーバー市場に進出する必然性はあった。

しかし、外販ARMサーバーの市場は、これまで大きく広がったとは言いがたい。Calxeda、AppliedMicro X-Gene、Cavium ThunderX、Qualcomm Centriq、Ampere Computingなど、さまざまな試みがあったが、x86サーバーを汎用オンプレ市場で置き換えるほどの流れにはならなかった。

 

理由は性能だけではない。むしろ本質はエコシステムにある。

x86サーバーも、1990年代には性能、品質、安定性の面でRISC/UNIXサーバーに劣ると見られていた。ところがIntel、Microsoft、Linux陣営、サーバーベンダー、ISVが長年かけてエコシステムを整備したことで、企業が安心して採用できる汎用標準基盤になった。

CPUだけではなく、OS、仮想化基盤、商用DB、業務アプリ、監視、バックアップ、セキュリティ製品、保守部品、サーバーベンダーの販売網まで含めて、x86サーバーは買ってよいもの」になったのである。

 

これに対して、ARMサーバーそれ自体は同じ道を歩めていないクラウド事業者が自社で使うARM CPUは成功しているが、それは汎用オンプレ市場に広く売られるCPUではない。AWS Graviton、Google Axion、Microsoft Cobaltのようなチップは、自社クラウド基盤のTCO、電力効率、ラック密度、サービス差別化を目的とした内製CPUである。

ハイパースケーラーにとって重要なのは、業界全体のARMサーバーエコシステムを育てることではなく、自社ワークロードに最適化されたインフラを構築することだ。むしろ広範な標準化が進みすぎれば、自社クラウドの差別化要因が薄れる可能性もある。

そのため、ARMサーバーはクラウドの裏側では伸びているが、オンプレの汎用標準サーバーとしては弱い。外販ARMサーバーCPUは、ハイパースケーラーの内製化と、x86サーバーの成熟した汎用エコシステムの間に挟まれた、構造的に狭い市場を狙うことになった。

Ampereが示した「中間市場」の難しさ

この構図は、Ampere Computingを見ると分かりやすい。

Ampereは、AWSやGoogleのようにCPUを内製するほどではないが、x86以外の高効率なクラウド向けCPUを使いたい事業者を狙った。Tencent、ByteDance、Cloudflare、Equinix、Scaleway、Oracle Cloudなど、一定規模以上のクラウド/IT事業者を顧客としていた。

 

しかし、前述の通り、この中間市場は難しい。

本気でスケールメリットを取りに行くなら、ハイパースケーラーのようにチップを内製化すればよい。CPUだけでなく、サーバーボード、ラック、電源、冷却、ハイパーバイザ、OSイメージ、スケジューラ、監視、課金体系までまとめて最適化できる。

一方、そこまでの規模がないなら、x86サーバーで仮想化やコンテナ、既存ソフトウェア資産の恩恵を最大限活用する方が合理的になりやすい。既存の運用手順、保守契約、ISV認証、仮想化基盤を捨ててまでARMへ移行する理由は限定的である。

 

ARMだからダメというワケではない。同じ構図は、かつてのSeaMicroにも見られた。SeaMicroは多数の低消費電力x86CPUを高密度に詰め込み、独自ファブリックで接続するATOMマイクロサーバーを展開した。技術的には価値があり、特にファブリック技術は先進的だった。しかし、こちらも市場構造としては厳しかった。

大規模クラウドなら自社設計システムへ向かう。中規模以下や一般企業は標準x86サーバーと仮想化基盤を選ぶ。その中間にある独自高密度サーバー市場は、技術的な魅力に比べて大きく育ちにくかった。

 

Ampereにも技術的な合理性はあった。しかし、技術の価値を最大化できる顧客層が限られ、買収されることとなった。これが外販ARMサーバーの難しさである。

Qualcomm/NuviaとArmのライセンス問題

ARMサーバーとは別の文脈で、Armのビジネスモデルに大きな圧力をかけているのが、AppleやQualcommのようなアーキテクチャライセンシである。

 

Armのライセンスモデルは、大きく分けると二つある。

一つは、Armが設計したCPUコアIPを買うモデルである。CortexやNeoverseのようなCPUコアを利用する場合、顧客は自前でCPUコアをゼロから設計する必要がない。Armにとっては、設計そのものの価値をライセンス料に反映しやすい。

もう一つは、Arm命令セットの実装権を買うアーキテクチャライセンスである。AppleやQualcomm/Nuviaのような企業は、Arm ISAを使いながら、CPUコアそのものは自社で設計する。この場合、製品の競争力の多くは、Arm標準コアではなく顧客側のマイクロアーキテクチャ設計力ら生まれる。

 

Apple MシリーズやQualcomm Oryonのような高性能コアは、Arm ISA上で動く。しかし、その性能や電力効率の価値は、主にAppleやQualcomm側が作り込んでいる。Armから見れば、ISAの普及が進んでも、高付加価値部分を十分に取り込めない構造になる。

QualcommによるNuvia買収を巡るArmとの訴訟は、この問題を象徴している。

 

Arm側の言い分にも、商業的には理解できる部分がある。Nuviaは小規模なスタートアップであり、その事業規模や想定市場に応じたライセンス条件が設定されていたはずである。それをQualcommのような超大口企業が買収によって引き継ぎ、PC、スマートフォン、自動車、さらには将来のデータセンターまで広く展開するなら、Armとしては再交渉したいと考えるのは自然だ。

一方でQualcomm側から見れば、Nuviaを買収したのは人材、設計資産、開発成果、将来製品化の可能性を買ったということである。買収後にArmが「そのライセンスは使えない」「設計を破棄せよ」と言えるなら、アーキテクチャライセンスを持つ企業のM&A価値は大きく毀損する。

 

裁判ではQualcomm側が勝利したが、この訴訟は単なる契約紛争ではない。Armが命令セットの胴元」としてどこまで価値を取り続けられるのか、そして高性能カスタムコア時代に従来のIPビジネスがどこまで通用するのかを露呈させた事件だった。

RTLからの内製化と物理IP収入の圧迫

Armの収益圧力は、アーキテクチャライセンスだけではない。MediaTekのような大手ファブレスでも、自社で担う設計作業の範囲が広がっている。

従来は、Armが提供する特定ファウンドリ・特定プロセス向けの物理実装済みIPや、配置配線に近い形まで最適化されたIPを利用することで、顧客は短期間でSoCを開発できた。これはArmにとって高付加価値な収益源になりやすかった。

 

しかし、顧客側の設計能力が高まると、事情は変わる。

大手ファブレスは、RTLレベルのIPを受け取り、物理設計、配置配線、タイミングクロージャ、電力最適化、クロック設計、熱設計、SoC統合を自社で詰める方向へ進む。顧客側の負担は増えるが、その分、PPA、つまり性能・電力・面積を自社製品に合わせて最適化できる。

スマートフォンSoCやAI PC向けSoCでは、数%の性能差や電力効率差が競争力に直結する。大量出荷されるフラッグシップ製品であれば、物理設計を自社で抱えるコストを払ってでも、最終的な性能と差別化を取りに行く価値がある。

この場合、Armは完成度の高い物理IPや実装パッケージから得られる収益を伸ばしにくくなる。顧客が自分でやる範囲が増える以上、Armに支払う対価は相対的に圧縮されやすい。

つまり、Armにとって理想的なのは、出荷量の大きい大手顧客が、Armの高額な完成IPや物理実装パッケージをそのまま使ってくれることだ。しかし現実には、大手ほど自社で最適化する能力を持ち、Armへの依存度を下げていく。

 

小規模顧客はArmの完成度の高いIPに依存するが、出荷量は小さい。大規模顧客は出荷量が大きいが、自社設計・自社実装を進める。この構造では、Arm ISAやArm IPの利用が広がっても、Arm本体の売上が同じ比率で伸びるとは限らない。

Arm自身のチップ内製化

こうした流れを踏まえると、Arm自身がチップ販売や実シリコンに踏み込むのは、単なる事業拡大ではなく、事業モデル上の必然に近い。

Armはもともと、顧客に「CPUを内製しなくてもよい」選択肢を提供して成長してきた。ところがArmエコシステムが巨大化した結果、大手顧客はArm ISAを前提にしながら、自分でCPUコアを設計し、自分で物理実装を最適化し、自分でクラウド基盤やAIインフラまで作るようになった。

 

顧客が内製化するほど、Armの取り分は薄くなる。だから今度はArm自身が、より完成品に近い領域へ内製化を進める。

Neoverse CSSは、CPUコア単体ではなく、より完成度の高いコンピュートサブシステムを提供する動きである。これは、顧客の開発期間やリスクを減らす一方で、ArmがCPUコアIPより高い価値を提供しようとするものだ。

さらにAGI CPUのような実シリコンへの踏み込みは、Armが従来のIPサプライヤから、よりプラットフォーム寄り、完成品寄りの事業者へ移行しようとしていることを示している。

 

これは、パートナーに対して遠慮しないカードでもある。

従来のArmは、Apple、Qualcomm、MediaTek、NVIDIA、Amazon、Google、MicrosoftなどにIPを提供する中立的な立場だった。しかしArm自身がチップを売るなら、一部の顧客とは競合することになる。

それでもArmがその方向へ進むのは、IPライセンスだけでは高付加価値部分を取り切れなくなっているからだ。顧客がArmから買う範囲を減らすために内製化するなら、Armもまた、顧客の領域へ踏み込んで価値を取りに行くしかない。

結局、全員が内製化に向かう

Armを取り巻く現在の動きは、すべて「内製化」というキーワードでつながっている。

ハイパースケーラーは、クラウド基盤のTCO、電力効率、ラック密度、サービス差別化を目的に、サーバーCPUやAIインフラ向けチップを内製化している。

AppleやQualcommのような大口ライセンシーは、Arm ISAを利用しながら、CPUコアそのものを自社設計している。これは、Arm標準コアではなく、自社のマイクロアーキテクチャで製品価値を作る動きである。

MediaTekのような大手ファブレスも、物理実装済みIPに依存するのではなく、RTLレベルから物理設計やSoC最適化を自社で担う方向へ進んでいる。

そしてArm自身も、顧客側の内製化によって薄くなった取り分を補うため、CSS、リファレンス設計、実シリコン、チップ販売へ踏み込みつつある

 

この構図は皮肉である。Armは、顧客がCPUを内製しなくてもよい世界を作った。しかし、そのArmエコシステムが十分に成熟したことで、大手顧客はArmを土台にしながら、自ら内製化する力を持つようになった。

その結果、Armは「みんながArmを使えば使うほど儲かる会社」に見えて、実際には大口顧客ほどArmの取り分を薄める方向へ動くというジレンマを抱えることになった。

だからArm自身も内製化する。

 

Arm AGI CPUは、単なる製品戦略ではない。
それは、顧客の内製化が進むなかで、IPサプライヤとしての限界を補い、より上位レイヤーの価値を取り戻そうとする動きである。

短く言えば、現在のArmを巡る構図はこうである。

ハイパースケーラーはチップを内製化する。
メガテックはISAからCPUコアを内製化する。
それに準じたファブレスはRTLから物理設計を内製化する。
その結果、Armの物理IPや高付加価値IPからの収益は伸びにくくなり、

Arm自身もチップを内製化して売る方向へ進む。

Armを取り巻く競争は、もはや「Arm対x86」という単純な構図ではない。
それは、Armエコシステムの中で、誰がどこまで内製化し、どのレイヤーの価値を取るのかという競争に変わりつつある。