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やよいのブログ

思ったことを書き綴っています。

 隣家や近所の子供がウチの敷地に入って平気で遊んでいたりゴミを散らかしたりしている。こういうことが続くと、ホントにその子供たちに対して、憎らしさしかなくなってしまう。

最近は、家のすぐ外で声が聞こえるだけで動悸に近いものを感じてしまう。


 近所だから故に、あまりきつく叱ることもできず。どうしたらよいのだろう。今まで何度かやんわり注意してきたが、いっこうに改善されない。


 最近は、家の中から彼らを見ただけで、蹴り飛ばしたくもなってくる。そう思う自分も嫌なのだが。


 ボール遊びで車に思いっきり当てられ車体に傷も付いている。ボール遊びを注意しても直らなかったので、よけいに腹立たしい。


 こういうことも、大きな事件でも起こさない限り、改善されないのではないだろうか。


  

あの人が嫌い、あの人は苦手・・・・こういう気持ちって、言うのはおろか感じてはいけないことだと思っていた。


だから、そう思ったときも「いや、だめだめ、あの人だっていいところがある。こんな風に思っちゃいけないんだ。」って、どうにか考え方を変えようとしていた。


でも、それとなく笑いながら嫌みを言われたり、バカにされるようなことを言い続けられると、その人のいい面を見ようとしても、だんだんその人を避けるようになった。


でも、あの人が嫌いという負の感情を否定しなくてもいいことが分かったら、楽になったんだ。


嫌なものを嫌と感じる。そう感じる自分を否定しない。だって感じるんだもの。


あいつが嫌いなんだ。私は。 あの嫌みを笑いながら言う人が嫌いなんだ。

その嫌みおばさんもちょっと止んでるのかもしれないけど。


私たちは神様じゃない。だから、感じることは感じよう。そう感じている自分を認めようと思った。


「あの人は子ども作らないみたいよ。」「あのウチは再婚するのかな。母子家庭は大変ですね・・。」

「あのウチは、母親が甘やかしすぎているんですかね。」「○○さんちは、お子さんがあれだから・・・。」


そういう話を聞かされると、「うるせーな。」と思う。

自分ちの子どもがちっとできるからって、人んちのことをあーだこーだ言ってんじゃねえよ・・・って思う。


どのうちだって言わないけど、少なからず何かしらあるんじゃない?って。


そういう人が教育機関に勤めてるってどうよ?

だから、そういう話に簡単に乗ってはいけないのだ。

そんなことを言っていたら、いつかしっぺ返しがくると思う。