25年の実績~女性の心身を経絡療法で調整~頭痛.肩こり.腰痛.冷え.更年期.生理痛.生理不順.不妊症.妊活まで対応

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東洋医学で病ではなく人を治すを信条に経絡療法/四柱推命/風水気学/を駆使。身心と運気の調和と治る身体づくりをサポート!!

一昨年の秋ごろから、はじめた読書会も

今年で早くも、三年目に入りました

 

 

いつの間にか、その流れが言語化という

テーマとなって、約一年ほど続いていました

 

 

参加さん、それぞれでブログであったり

日記やジャーナリングをはじめられたりと

 

 

一気に著しく成長をされた方もいれば

地道にゆっくり成長されている方もいます

 

 

年末直近の日曜日が、年内の最後の読書会で

来年は、新しいテーマにしようといった話しに

 

 

いろいろと話題が出てくるなか、ある方から

どこかそわそわした様子で、ひとつ提案として

『お金』をテーマにするのはどうですか?と

 

 

これまで取り組んできた言語化についても

なに気なく当たり前のように使っている

コトバと向き合ってみようというテーマでした

 

 

そういった意味では、コトバと同じように

お金についても、身近にあるもの過ぎて

どこかで共通しているような気がしました

 

 

そんな感じで、今年の読書会のテーマは

満場一致で『お金』ということになります

 

 

いわれてみれば、ここ数年ほど本屋さんでも

そればかりかネットや動画なども含めても

お金に関する話題が益々、増えてきています

 

 

次回の開催に向けて、分野とジャンルと問わず

経済や金融、教育や歴史、スピやら自己啓発系

 

 

著名人のノウハウ系、エッセーなどといった

各自で気になる一冊を手に取ってみた上で

選んでおくということが、宿題となりました

 

 

それぞれで、どうのような一冊を選ばれるのか

自分も含めどういった変化を皆さんがされていくのか

 

 

実験的な趣きですが、引き続き、楽しみの多い

実りある読書会になってもらえることを期待します

 

 

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無理が重なっての体調不良の最中で

引き寄せられるように入った漢方薬局

 

 

薬局のなかには、ほんのりと生薬の香り

少し白髪交じりの店主の方がおられました

 

 

漢方に関する知識は多少あったものの

本格的な煎じ薬を飲むのははじめてでした

 

 

調剤室で生薬を調合して待っている間

問診の机の周りには、大きな本棚があり

そのなかに並んでいる漢方の書籍の数々に

本能なのか、つい目がいってしまします

 

 

自分が鍼灸の修業でこの地に来たことを

伝えると、気になる本があったなら

お貸ししますよと、言ってくださります

 

 

店主のおススメの本をいくつかお借りして

それからは度々、通わせてもらうように

 

 

何も教えてもらえることない日々の反動か

乾いた土に水が染み込むような感じで

色々な本をお借りては読ませてもらいます

 

 

このあまりに遠慮のない若造に対して

嫌な顔ひとつせずに快く出入りをさせて

もらえたことには感謝しかありません

 

 

段々と打ち解けるにつれて月に一度ほど

店主の方が参加されている勉強会にも

参加をしてみないかと、お誘いを頂きます

 

 

町の外れの薬局までは、自転車で出向き

そこから車でご一緒せてもらい30分ばかり

移動した県の中心地のお寺が会場でした

 

 

中心となって指導してくださっている

ご隠居風の大先生は、店主によれば

東海エリアの重鎮にあたる先生とのこと

 

 

地域のベテランの漢方の他の先生方の間に

半人前の鍼灸師の小僧が一匹だけいるなかも

どの先生も温かく迎え入れて下さりました

 

 

聞くところによると、大先生の漢方薬局は

いつも出向いていく家庭教師のお家から

偶然にも、すぐに近くにあるとのことでした

 

 

漢方の勉強会に通ううちに、家庭教師先の

行き帰りの際、大先生の薬局にも押しかけて

立ち寄らせてもらう機会が増えていきます

 

 

修業先の日々は、相変わらずといったでしたが

その一方で漢方の店主と大先生との関りとで

どこかバランスをとっていったのかもしれません

 

 

越してきてはじめての年末は、漢方の勉強会の

先生方との忘年会までにも誘っていただけて

漢方の集いらしく、薬膳のお店がその会場でした

 

 

貧乏暮らしの身としては、想像していたよりも

高級そうなお店で、持っていた財布の中身で

会費が払えるだろうかと、かなり不安でしたが

 

 

そんな面持ちを大先生が察してくれたのか

「普段、ろくなものも食ってはいないんだろうから

 今日はなんでも好きなものを食べて帰りなさい」

と、満面の笑みで、仰ってくださりました

 

 

久々の温かな人たちの和やかな空気にふれながら

修業の日々は忘れ、束の間の泣き笑いのひと時

 

 

中心地のにぎやかな商店街にあるお店を出ると

そこは有名な『柳ケ瀬ブルース』ゆかりの地

宴が終えて、雨の降る夜、涙が浮かび心もぬれます

 

 

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ようやく肩身の狭い就職浪人の立場から

解放されたように思えたようにみえて

弟子という身分なので、ほぼ無報酬でした

 

 

しかも、バイトも原則禁止ということで

僅かばかりの貯えを切り崩しながらの生活

 

 

一日三食という贅沢はできず、朝飯は抜き

お昼は先生のところでいただけたので

夜は近所のスーパーの見切り品のお弁当です

 

 

修業生活は、治療院の掃除をはじめとし

先生の身の回りの雑用だけという日々でした

 

 

先生から声がかかるまでは、施術室には

入ることはできず、待合室で待機をします

 

 

時々、声がかかっても手の状態を確認され

冷たかったり、汗ばんでいるものなら

無言で、指でバツとされてしまい入れません

 

 

基本は予約なので、待合室には暖房はなく

待機中は、手が冷えないように首や脇で挟み

冷やさないようには心がけてはおりました

 

 

しかし、施術室はガスストーブが完備されて

暖かかったので、極端な温度差もあってか

どうしても手だけが汗ばんでしまったものです

 

 

もし運よく施術室に入れたとしても、鍼の用意と

綿花を切ってアルコールに適度に湿らすなどの

準備をするのみで、治療は見せてはもらえません

 

 

それでも月に一度の水曜日だけ、近隣の県より

他の先生方が数人ほど集まる勉強会がありました

 

 

ただ弟子だから色々と教わっているだろうと

妙なプレッシャーを受けることはありましたが

名ばかりの弟子生活には、貴重な時間でした

 

 

なにも教えてもらえることもなく半年が過ぎて

いよいよ貯えも底を尽きはじめてしまいます

 

 

バイトは禁止でしたが、そうもいってはおられず

かといって人目につくような仕事もできません

掛け持ちできるといえば、時間帯も限られてきます

 

 

ひとまず、家庭教師のバイトをおもい登録し

多少の土地勘もついてはいたので、仕事場から

離れた隣の隣町くらいの場所へと出向きます

 

 

自転車で片道、一時間半ほどの距離を移動して

それぞれ方向が別の町へ、週一ずつを二か所

翌年に高校受験を控えた中学生の家庭教師です

 

 

そんな無理な生活もあってか、体調を崩して

はじめて治療院をお休みさせてもらうことに

 

 

あまり休みが続いてしまうのもどうかとなり

以前から気になっていた漢方薬局へと向かいます

 

 

すでに辺りは暗く、不調で半ば朦朧とするなかで

町のはずれの一角に佇むぼんやりとした灯りに

引き込まれたことが、これからの転機となります

 

 

 

 

 

就職浪人として始まってしてしまった

地元での大学卒後の社会人、一年目

就職氷河期とはいえ肩身は狭いものです

 

 

このまま独立開業しようとも考えましたが

やはり数年はどこかで経験を積んでおきたい

といった気持ちは少なからずありました

 

 

ほどなくして、親類からの口利きもあって

とある整骨院の助手としてなら置いてくれると

当面の間は、そこでお世話になることに

 

 

電気治療器や牽引機器などのスイッチやら

マッサージなどをする慣れない流れで

朝から晩まで、忙しいだけの日々を送ります

 

 

押しかけのただの助手でしかない身なので

ひと月のお給料は、片手に収まる数万円ほど

 

 

院長や他のスタッフからは、変わった奴だとの

レッテルを貼られ、やや浮いた感じでしたが

患者さんとの対応の勉強にはなったと思います

 

 

その間も、月に一度は都内の師の勉強会へと

出向くのが、唯一の楽しみではあるものの

それを実践できる場がなく、悶々と過ごします

 

 

あまり職場では馴染めない状況が続くなか

半年以上が過ぎ、早いもので年明けも間近です

 

 

このままいつまでも燻っていてはいけないと

以前に見学させてもらったことのあった

ひとりの先生を思い出し、手紙をお送りします

 

 

その先生は、戦前から戦後にかけて活躍された

接触鍼の大家の最晩年のお弟子さんの一人でした

 

 

どうしても勉強させて欲しいという思いと

是が非でも、弟子入りをしたい強い気持ちを

したためた手紙をダメもとで送りました

 

 

送るに際しては、その内容を何度も何度も

書いては読み返して、書き直しをしたものです

 

 

幾度となく、お手紙のやりとりがあるなかで

ようやく弟子入りさせてもられる許可を頂きます

 

 

20世紀の最後となる年、新たに年が明けて

しばらくして、向かいゆく先は美濃国

そこは木曽、長良、揖斐、三つの川が集まる地

 

 

急ぎ、ようやっと見つけることができたのは

暖房どころか、カーテンすらもない安下宿

外は伊吹山の凍える空っ風が顔に突き刺さります

 

 

 

 

 

 

 

冬の気配をすこしづつ感じる季節になった頃

いよいよ就職活動にも注力しなければなりません

 

 

その時代は、就職氷河期の只中ということもあり

どこも条件的には、厳しいところばかりです

 

 

マッサージや柔道整復の募集は散見はされても

鍼灸師の求人は、かなり少ない印象でした

 

 

新卒の人間に、いくら資格があるとはいっても

現場でいきなり鍼をさせてくれるところは皆無です

 

 

思えば、その時分は刺す鍼よりも刺さない鍼に

傾倒していたこともあり、ハードルはさらに高め

 

 

個人の治療院から病院やクリニックなどと

関西中の思いつく限りの施設に電話をしては

見学や面接へと方々に出向いていきました

 

 

実際は、東洋医学をメインとしているところは

少なく、ご縁があった先生にお願いをしても

既に人手は足りており、見学どまりがせいぜい

 

 

何かとあきらめは、よくはない性分でしたが

このときばかりは行き詰まりを強く覚えました

 

 

友人の何人かからは、大学院に進学をして

残らないかといった誘いもありましたが

早く臨床をしたい想いのほうが優勢でした

 

 

そんな曇天のような気持ちで過ごすなか

卒業して、皆が離ればなれになる前に

ということもあり、親友のなかの一人が

同級生どうし、結婚式を行うことになります

 

 

賑やかで、おめでたい場、学生にとっては

かなり贅沢なホテルのコース料理を堪能します

 

 

そんな明るい雰囲気のなかを過ごしたせいか

関西での就職に、それほどこだわる必要もない

といったことに、どうなか思いがいたります

 

 

都内には恩師もいることだし、とりあえずは

関東にいったん、戻ることに決めてしまいます

 

 

卒業式を待たず、さっさと下宿先のほうも

早々と引き払って、日も出ない暗いうちから

郷里へと、西から東に向かっていました

 

 

春の三月、図らずも社会人の一年目は

就職浪人からというスタートであります

 

 

地元に入ると、あたりは群青の空に包まれ

藍に溶ける夕暮れに照らさた筑波の山が

遠く浮かんでみえる光景が目に入るのでした

 

 

 

 

 

 

 

いよいよ公開講座の当日の朝を迎えて

京都の山奥から大阪市内へと向かうのも

なにやら久々だったような気もします

 

 

その日の師の講座は、なかなかの盛況ぶりで

学生はほとんどおらずベテランの先生方ばかり

 

 

その内容は、今日の伝統派が形作られてきた

歴史的な経緯、日本と中国との差異であったり

 

 

重要な医学古典の大きな見落としがあるままに

治療方法が展開されてきてしまったことなど

 

 

さらに古典医学には、現代医学に対しても

取って代われるほどの可能性があるのだとも

 

 

当時の自身の知識だけでは理解が及ばない

内容ばかりで、2、3割の理解がやっとでした

 

 

座学から実技へと移り、刺さない鍼だけでも

十二分に効果があることを実演されていました

 

 

そんな状況でも、なんとなくではありましたが

本来の治療は季節を軸にしたものであると

薄っすらと理解ができたように記憶しています

 

 

お話しを聞き、これまでうまく説明ができずにいた

自身の治療したことの例のいくつかが氷解します

 

 

質問こそできなかったものの、講座を終えて

帰る前に師を取り囲む人だかりを押しのけつつ

なんとか対面が叶い、ご挨拶ができた一幕で

 

 

師より直接、明日は帰りの新幹線までは

一日フリーだし、せっかくだから京都市内を

案内してくれないかと急遽、頼まれます

 

 

翌日、師と奥様とを哲学の道をスタートに

各名所へとご案内し、なごやかな時が過ぎます

 

 

最後は、あぶり餅で有名な今宮神社に出向いて

ゆっくりと色々、貴重ななお話を伺えました

 

 

そこから京都駅まで送る道中に師より

「わたしの主催する塾に入らないか」と

直々に、誘っていただく流れとなり

 

 

そこは、一切なにも迷うことなどはなく

即座に「はい」と一言、返事をいたします

 

 

帰りの新幹線のホームより見送る師の背中は

京都の街を囲む山々の合間からの夕日に

照らされ、とても大きく感じられたのでした

 

 

 

 

 

都内から京都の大学へと戻ってからは

附属治療院での臨床実習、ゼミの研究と

再び変わり映えのしない毎日のはじまりです

 

 

臨床実習で、印象深かったというべきか

担当の教員からはヒンシュクを買ってしまった

そういうべきなのか迷う出来事がありました

 

 

ある時、大学の担当教員が手を尽くしても

改善しきらなかった五十肩の患者さんの症状を

他の学生らの前で、治してしまったのです

 

 

しかも、たった一穴の上であるツボに鍼をし

軽い響きとともに、スッと方が挙がったのです

 

 

いわば、皆の面前で教員を恥をかかせたとも

思われても仕方ない公開処刑に等しいもの

 

 

教員も含めて、周りの学生らの空気さえも

サーっと引いていく音が聞こえるくらいでした

 

 

他の教員が担当される場面でも同じように

股関節の痛みを感じている患者さんや

ぎっくり腰、寝違いの患者さんなども次々と...

 

 

よく目をかけてもらっていたある先生より

教員内で問題になっているから、少しばかり

自重するようにとの助言もあったくらい

 

 

ある担当教員からは、ここは教育の場なので

たとえ症状が緩和しても、そうなる理由を

説明できないのなら問題とお叱りを受けたことも

 

 

すっかり問題児あつかいとなってしまい

治してなにがわるいと、いまにしておもえば

生意気というか、尖っていたなと反省も

 

 

どこかそうした環境にフラストレーションや

葛藤を抱えつつ、一つ朗報が舞い込んできます

 

 

東京でお目にかかった、例の重鎮の先生が

関西で講演と実技をされるというニュースです

 

 

どうして、このツボを使ってよくなったのか

自分のなかでも整理がついていない理由を

聞けるかもしれないという期待感でしょうか

 

 

季節は晩秋、彼の師にすでに懐かしさを覚える想い

京都の山には、すっかり葉だけが落ちて枝には

熟しきった柿だけが実っている光景がありました

 

 

 

 

 

関西から東京行の夜行バスを降りてからは

オレンジの中央線で、都内の西へと向かいます

 

 

降りた駅から歩いてほどなくして

緑の木々に囲まれたマンションの一室

玄関から応接間へと通されます

 

 

その先生は、これまでに見たこともない

古典医学の数々の蔵書に溢れている

大きな本棚の前に座られておりました

 

 

後に、昭和の重鎮の先生の直系でもある

知る人ぞ知る大先生であることを

知ることになったのは、もう少し先のこと

 

 

こんな機会は滅多にないこともあってか

若さと無知の勢いに任せての質問を色々と

 

 

さらには、鍼灸医学を取り巻く状況や

経絡治療、中医学といった古典派がはらむ

課題についても、様々に言及もされます

 

 

ただ、あまりにも博覧強記が行き過ぎてか

未だに先生という馬の尾の先にも触れられず

 

 

もとは漢方、湯液畑にいた先生でしたが

思うところあって、四十の齢の半ばにして

鍼灸の門を叩き、歩んで来られたそうでした

 

 

あっという間の数時間、窓の方へと

目を向けると、もうすっかり外は夜に

 

 

見送られつつ、駅へと向かう道すがら

この先生の元でなら、なにか確かなものが

きっと得られるのではないだろうか

 

 

そうした希望をいつかしか感じるように

自分のなかで変化していくことに気づきます

 

 

青々とした緑の葉を吹き抜ける風を頬に感じ

暗がりを街灯の光が照らしてくれるなか

どこか清々しい心持ちで歩む帰り道でした

 

 

 

 

 

自分なりに勉強と臨床を積み重ねて

あらためて基本へと立ち返ろうと

以前になんどかお世話になっていた

滋賀の研究会の母体となる本部が

大阪にあったので、通いはじめます

 

 

関西方面では、最も規模の大きな

経絡治療系の勉強会ということもあり

体系的に学んでいくのが目的でした

 

 

初級、中級、上級といったかたちでの

クラス編成がしっかりと成されており

先ず聴講クラスから参加をしなければ

入会できず正式には学べませんでした

 

 

聴講クラスの中身の実質は入門編で

担当の講師は伝統鍼灸や漢方業界の

現状にも明るく人数も少なかったため

かなり突っ込んだ質問もできました

 

 

ようやく聴講の期間を通い終えて

勉強会への正式な参加資格も得る

ことができることとなりました

 

 

聴講を担当された先生にその期間の

お礼を兼ねて、新たに入会の意思を

伝えるべくご挨拶に伺ったところ

思いがけない方向へと話が進みます

 

 

先生曰く、君と聴講期間を関わってきて

ここの勉強会の水準は超えているから

一から学ぶためにわざわざ入会する

必要はないと思うよと告げられたのです

 

 

自分としては、意を決して入る気満々で

いたのに、その必要は君にはないから

考え直したほうがいいとなってしまい

しばらくの間、呆然としてしまいました

 

 

ですが、ありがたいことに先生より

ご自身の治療院に見学へのお誘いを受け

そればかりか先生の人脈を通じて

他にも見学をしておくとよい治療院や

先生方のご紹介もいただきました

 

 

関西を中心に、東海、四国、中国地方など

と、いまにして思えば名立たる先生方の

治療風景を見られたのは、大きな財産です

 

 

そうした日々が続くなかで知り合った

先生方よりとにかく滅多に話せるような

機会のない先生が都内にいるからと

言われるがまま一緒に東京に行くことに

 

 

それからほどなくして、格安の夜行バスに

乗り込んで、夜の京都を後に出発をします


ようやくバスでの狭く暗い長い旅路から

解放され降り立った日の出の瞬間の東京

 

 

久々の都会の空気は関西とは違って

どこか冷たく、それ以上に眩しく

感じてしまうようなものがありました

 

 

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ひょんなことで大学の先生より

声をかけて頂き行けることとなった

大阪の商店街の一角での勉強会

 

 

そこでの講義内容は、実技に関しては

勉強会を主催している先生が師事した

中国で代々続く家伝の方法がベースです

 

 

座学のほうは、既存する中医学や

経絡治療の疑問点などについて

先生方が各々で取り組んでいる課題を

参加者の前で発表するスタイルでした

 

 

各々の現場で臨床を実践されている

先生方との交流や議論、様々な考え方に

触れることができたのは大きな収穫でした

 

 

ただ術の部分では興味深かった一方で

学としての面ではどこか釈然としない

もやもやしたところが残っていました  

 

 

その頃、大学での生活は臨床実習だけでは

飽き足らずに、同級生や後輩などのなかに

不調がある者を見つけては、自ら声をかけ

治療をさせてもらうようにしていました

 

 

時には、夜中に電話で呼び出されて

そこへと往診に出向いて寝ぼけながら

鍼をしていることもよくありました

 

 

とにかく数をこなすことでひとつでも

多くの経験を積み、そこからさらなる

疑問が次々と生まれ、また学ぶことを

ひたすら繰り返していくそんな毎日です

 

 

真夜中にすぐ近所に住む友人から

治療をして欲しいとの電話があり

下宿先から桂川の河原の近道を

往診ガバンを手に下げてとぼとぼと

 

 

眠い目をこすりながら見上げると

流星群が丹波の夜空を駆け抜けます

 

 

そのとき、ふと自分の心のなかで

行き詰まったら基礎から見直すこと

そんな声が頭を一瞬よぎったのです