泥地に需つ。時には外寇の襲来を招く事もある。災いがすぐ外にある。敬慎すればこれに敗れることはなしにすむ。陰柔不中正なので本来ならば進もうとして悔を免れないはずであるが、幸いにしたの二陰も自分と同じく進んで六五大命の君に仕えようとする志を持っているのでその同類の人たち衆から信用を受け悔いも亡びる。皆の志が上に向かおうとする点において一致しているからである。陰柔不正、上九に応じようとするが睽違の時期なので事が志とたがい、二陽に前後から妨げられる。すなわち九二は後から輿を曳っぱろうとするし、九四は前に居て輿の牛をひきとどめようとする。しかも上九も疑い深くなっているので六三の人は天(髪を切る刑)や劓の刑罰を加えられるような憂目に遭うが最後にはその疑いも解けて相遇う事を得る。初めだめだが終わりはよい。最後に上九と相遇うからである。陰柔不中正、意志が弱くて節制を守る事を知らなければ、やがて嗟きいたむような結果をもたらす。しかしみずからその非を知って改めれば、咎はない。全て自分のしわざである。陰柔不中正、頤養の正道にもとって妄りに養いを求める象。このようであればたとえ求める相手が正応の上九であり、その限りにおいては貞正であっても凶である。十年たっても行動を起こしてはならぬ。よろしい所がない。いるべき道が大いに間違っているからである。