柔順居中、闇君によってその明徳を夷り傷つけられても柔中の徳を守ってその貞しさを失わない。紂王の無道にその明を夷り傷つけられながらもなお貞正に振舞ったのがそれである。このような場合には貞正をとり保つのがよろしい。大人にあたり訴えを取り裁く人でありその取り裁きは公平で元いに吉である。中正の徳がある。柔順居中の君、よく初・三・上の小人を解去し、二・四の君子を登用することにつとめれば吉である。そうすれば解去された小人も誠意をもって心服するに至るであろう。小人が退くことである。陽剛中正、事すでに済るの時において陽剛の身で尊貴最高の地位に在るのだが、事済れりといって驕りたかぶることはよろしくない。むしろ六二柔順中正の人のやがて多幸であるのにおよばない。たとえていえば東隣(九五)の家で牛を犠牲にし盛大な祭りをするよりは、西隣(六二)の家で禴祭をおこない本当に神の慶福を受けることの方がましなのである。禴祭を行えば、吉が大いにやってくる。柔順居尊、文明中庸の徳があって、しかも九二の賢臣を正応に持つが故に、貞しければ吉であって悔はない。りっぱな君子としての光輝があり、こころにも誠実さがあって、吉である。