柔順居初、謙道の至り、謙遜な上にも謙遜な君子というべきであり君子はこの態度をもってすれば大川を渉るような大事を敢行することができる。吉である。君子は卑い姿勢を取り守って自らその徳を養うことである。能力がありながら低い地位に甘んじている人にあたる。従って作為文飾を仮らず素直におのれの道を履みおこなう。進んで行動しても咎はない。人にかかずらうことなく自分の所願を行う事である。柔順居下、九四に応ずる象。患難はじめて解け陰陽互いに助け合うのだから咎はない。義理の上からも咎はないのである。陽剛居初、明夷のはじめに際会した君子であるから、たとえて言えば鳥が危険のきざしを見ればすみやかに飛び去って、その翼を垂れ影をひそめるようにするべきである。ただ如何に有徳の君子であるにせよ、旧主旧禄を捨てて他処に行こうと言うのであるから困窮することは免れず、3日も食事にありつけぬような目に遭う子もあろうし、また他処に行こうとすればその退避の真意を悟らぬ闇愚の主人はかえって怪しんで疑言を発することでもあろう。義として仕えてその禄を食むべきではないからである。