陽剛居正、艮まることの極致で、敦厚堅実に艮まるべきところに艮まるのだから吉である。その終りを大事にすることである。陰柔居極、兌説の極であって在下の2陽を引き入れて悦びあう象。まだ公明正大なこととは言われない。陰柔居極、解の極に至ってなお解去されぬ非常な悪人、たとえて言えば隼のように荒々しい悪鳥であり、しかも高い塘(土塀)の上にもたとうべき卦極の高所に居る、故に王公たる者は、この隼を高塘の上で射てとれば、これを捕らえ得て何事にもよろしい。道理に悖る者を解去することである。陰柔居極、謙徳をもって鳴る事は六二と同じながら、卦極の高い位地に居るためにその志を十分に遂げ得られない。だからたとえ軍隊を動かすにしてもせいぜい自分の領邑内での征伐ぐらいにとどめるのがよろしい。志十分に遂げられないこと。