【みる方を選ぶ内容でかつ、閲覧注意です。そのため行間開けてます】













【鬱で本格的に自タヒとどう向き合うかの話なので、自タヒを仄めかすようなことを描いてます!


後ろ向きな話を前向きに分析するため、希望を持ってのこの記事描いてるので、

後ろ向きで目を逸らしたくなる、生死を悩みながらも頑張ってる方向けの記事です。】











【躁鬱を四年付き合った経験から、きつい躁鬱急におちたり上がったりする時に、

自タヒというのは避けようとしても避けられないものという考えがあった上での、話です。m(__)m】

私は、本格的に躁鬱を再発して2年前。

そして1年周期で1番気分が落ちる一年前の7月から、

トラウマ?のような、考えようとすると不安で恐怖で頭がおかしくなって発狂、唸ってしまうような症状がでるようになっていました。


 今日の昼ごはんを何しようと考えるだけでそうなってしまう、もうほとんどの思考ができなかったです。

寝ていない時間全てが怖くて、起きているだけで泣いてました。

(ありがたいことにゲームで熱中していたら、その時間は楽でした。YouTubeや本は鬱で頭に入ってこず、文字が読めなかったので無理でした。)


 もう生きていること自体がトラウマなのではないかと考えていましたが、(心理的なもの/不安障害…の可能性を1番に疑っていました)


 去年の8月から今まで、本当に少しづつ良くなって経過を見てみると、


躁から鬱に急激に下がり、辛い精神症状から

今すぐタヒにたくて、部屋を施錠しないと自タヒするための行動に出てしまうというのを

数ヶ月耐えたくらいの鬱を経験し、


鬱から躁転しないように努力

  いや、ここまで来ると努力するにも範囲がありますが、どうせタヒぬなら、タヒの間際後悔しない努力という希望を持っての努力なので気合が入っていた。また同じような力が出るかわかりませんが、正念場という覚悟決めてました。


(自タヒの傾向として、自タヒ未遂の回数が少ないほど立ち上がる可能性がたかいという、「どっかの県の保健所のPDF資料」に描いてました。)


努力しても無駄と思いながらも

鬱できつい中、毎日、神経質に経過観察を怠らなかった緊張感、辛さが

生きていることがトラウマで存在しているだけで発狂しそうになる

という結果になっていると気づけました。


鬱がひどい時は、疲労しているのでどこまでが自分で改善できる精神症状なのか見極めるのが難しいです。


ですが、大きい鬱なら、それだけ改善しようとして得られる結果も大きくなる(比例の考え方、軽い鬱で、無意識の心理的な原因に気づけない)

寝てばっかりで、動けなくて暇でも、周りの差を気にしてどうしても焦りそうな時でも、

今後ならないようにする手段を見つけることができるかもしれないです。


私の場合、なぜ躁鬱になるか、4年付き合ってやっとわかりました。


年数を重ねるにつれて、分析でわかってくることは減っていき、それなのに鬱が治らない


それに絶望しかけましたが、今まで分析し続けた布石もあってやっと答えが見つかりそうです。


私がこれから改善していこうとする領域は、無意識化の認知の歪みです。


それらを治すためには、やることがたくさんあります。

今ははっきり自覚しているものがなく、言語化できていません。


これから、訪問看護の方や、周りの医療関係の人が間に入ってくれるので、その方たちと協力して、私がなんとか老衰できるように努力していこうと思います