福島に帰ってきて2週間。
昨日は、ずっとずっと行きたかった、LIVE福島。
何度も学校行事で通った、福島市公会堂。

3時間、寒さの中たちっぱ。
コンクリートのうえみ入る寒さ。
放射能、だいじょぶかなぁなんて心配は、寒さでどうでもよくなる。

お母さんにつくってもらったおむすびを食べる。
遠足の気分。

会場で、とまどいながらも、真ん中八列目にどかっと。
1時間まって、いよいよ開幕。

とにかく、ぼろぼろの公会堂で
プロの音楽を会場一体となってきけるのが、何よりうれしかった。
学生のころは、ことごとく福島素通りで、ライブは県外に出なきゃみられなかったのに
いまは、ご近所でみにいけるなんて、ありがたい。

どのステージも真摯で
はじめからさいごまで
なくもんか。とこらえてたら
顔が震えてびっくりした。

怒髪天では、同じ空間で演奏を聞けるうれしさで
涙がとまらなかった。

震災直後は、こんな楽しい時間が過ごせるなんて
想像もできなかったから、本当にうれしくてしあわせで
とにかくからだも心もめいいっぱいつかって音楽に挑んだ。

今まで音楽は言葉をこえるとか、国をこえるとか
でも、結局は、一緒に歌えて、心のそこから理解できるにこしたことはないと
NZのレゲエフェスでいつもかんじてた。
自分のルーツにつながる唄。
理解できる歌詞。
もちろん、そこを超えて楽しめるものだけど
いままで楽しんできたけど
昨日の、ライブで、
腹からこえだして唄ってないて
本当につながれた気持ちになった。
日本語が胸にしみる。

素通り福島から、どまんなか福島。
福島の唄をつくってもらえて、みんなで歌ってつながれるなんて
こんなありがたくて幸せなことはない。

本当に夢のような日だった。
また今日からがんばっていこう。



日本帰国のチケットを、ついに買った。
特に、この日までに帰らなければならない予定もないし
まったくもって自分次第というのも、これまた心をきめないと
なかなかどうしてきめられず。

結局、うだうだお母さんに電話して
よくわからないけど決めた

なぞのタヒチ航空
乗り継ぎ
夜中に6時間もなにしようか
いまからイメトレ

論文の話をしに、キャロルのオフィス

つれつれと震災後の福島人としての
気持ちをこの論文にこじつけるという荒業も
キャロルはうんうんと
言葉を飲み込みながら聞いてくれた

まだ実感ないけど
卒論を終えたら
キャロルと一緒にプロジェクトするのか

福島であたしができること

そのためにもやっぱり
お金がいる

生きてくためにも
自分のしたいことのためにも
お金がいる

決して言わないけど
お母さんは戻ってきてほしいっておもってるのも
知っている

決して言わないけれど

お金をためるにはやっぱり東京

理由はなんであれ
また東京で少し働かないとって思ってしまうのは
無意識に
やっぱり放射能が怖いのかなぁ

バイト先の上司には
なんでわざわざ汚染されに帰るんだ
人が住めるわけないんだと
30分言われ続けた

家族が住んでるんですけど

みんなわかってるよ
安全ではないことなんて

たまに思い出したように聞かれては
安全じゃないからニュージーにいれば?という
ご意見をうけて終わるこの会話

もうしんどい

こっちだって毎日毎日
考えて
よくわかんないけど
とりあえず自分を必死で納得させてるのに

突然思いつきで
がやがや意見をあびせて
じゃぁがんばれなんて

お願いだから
無神経さをぶんまわして
こっちにこないでください

針でさされただけで
破裂するような
ものなんです
頭の中

福島に帰ったら
ばあちゃんに梅干と納豆の作り方教えてもらう約束した

どこで干せばいいのかなぁ
今日から、ブログ。これ以上は、気持ちをためておいたら、とんでもないことになりそうだから。

2011年。ニュージーランド南島で、レゲエライブやら、野生イルカと荒れ狂う波間で泳いだり、いやぁ、今年はいい年にするぞといきごんだ幕開けにもかかわらず、歴史にずんと現れた、大地震、大津波、そしてまさかの原発の爆発。

半年たった今でも、それはそれは、なんだか分からない感情に、おなかをグングンかき回されて、毎日すんでのところをどうにか握って、一日をよっこら乗り越えている。

Live 福島は、涙なしには見れなかった。毎日毎日、目がはれて、3日間はれが引かなかった。これでもかというくらい、一人で腹から泣いた。
初めて、あんなに力強く、なくためにないた。

あぁ、福島の人にあいたいんだなぁって。
あぁ、一人で寂しくてしんどかったんだなぁって。

感情は、吐き出してみないと、原因が分からない。

全身全霊で、これだけの人数のが人が、福島を好きっているのを、はじめてみる。

すごい力。

福島訛りを聞くだけで、笑った瞬間なけてくる。
一体どんな心境なんだ??

今までずっと、変わらず好きだった福島も、原発事故からは、すっかりフクシマやらFUKUSHIMAになっちゃって、なんだかだいそれたものになってしまった。

あぁ、やっぱなんもすっことねーなぁ、ってもてあます福島は、見知らぬ誰かに、どこかへぶんなげられてしまったみたいだ。

やっぱり誰もわかってくれないんだ
って正直、思ってしまうけど、当たり前だ。

こんなこと、今まで私たちは見たことはあっても、体験したことはないんだから。

自分がいじめられてるような、そして原因はおまえにあるから我慢しなさいってしかられているような、そんなみみっちい次元の話ではないけれど、そんな気持ち。

この話はやめよう。暗くなる。

たった5分くらいのあいだの話なのに。
私も、福島の人も、あの日からずっとこのことが
常に全身グングン駆け回っている。

そういう頭とからだで今までやってきているのに。

暗くなるとか、そういう話じゃない。

ふるさとが、ぼっこわさっちゃって話。
わかる??

別に誰かに見てほしいわけじゃない。
分かってほしいなんて思わない。
そっとしておいてほしい。

そんな気持ち、ここに吐き出していこう。

福島に帰ったら、ひとまず家族でご飯を食べて、ぐっすり眠りたい。