(数回前の記事の続きとして)

他者を応援する意義。

1.自分を魅了したり興奮させてくれるなど楽しませてくれる存在
2.新しい知見・洞察を教えてくれる存在
3.自分が叶わなかった夢を完全ではなくとも代わりに実現してくれる存在
4.尊敬できる存在

他にも理由はあろうが(たまたま今は思いつかないだけ)、上に列挙した存在を応援する。

以前、別のところで書いたことだが、競技スポーツを含めて芸能人を応援する場合、
その人が、歌もダンス等のパフォーマンスも上手で独特の魅力があり、容姿端麗で、なおかつ人格的に尊敬に値する人間だったら、その人に拒否されても、こちらからお願いしてでもファンにしてもらうだろう。

(ここで目が不調のため中断)

数多くの魅力を持つ人間でも、許しがたく嫌悪する場合がある。
それは、スター様や背後にいる各種団体(協会・プロダクション・事務所など)の首脳陣があからさまにファン・サポーター及び大衆を愚弄する時である。
私の場合は、遠慮なく、そして極めて冷淡に関心を絶つ。
それでも応援するのは、もはや麻薬的魅力がある存在に限られる。

彼らが内心や舞台裏でどのように思っていても良いが、いわゆるアイドルスターの一部や今回のFIFA WORLDCUP本大会前のJFA首脳陣の嘲笑的言動には、著しくそれら傾向があった。

人気絶頂時や大きな権力と富を得ると、どうしても慢心してしまうし、自分で制御できなくなってしまう。そして、権力・富・人気・日の当たる場所を得るために躍起に、時に強欲になったりするのは理解できる。内紛も発生する。人間社会なら仕方ないことだ。

だが、制度的に地位が安定しているならともかく(その場合でも周囲への配慮や評判を気にする必要はあるが)、人気商売において観客や顧客をあからさまに愚弄・嘲笑するのは、自分が拠って立つものを崩壊させる行為だろう。ファンやサポーターにも盲目的な人達がいて、何をされてもついて行く人も多いし、日本はそういうところが寛容過ぎるから救いがないことも多いが(そこまで好きなら親族・親友で無い限り見限って放置するしかないけど)、私ならそんなスポーツやスター様とは縁切りする。

組織内で暗闘や白日の下で論戦・選挙を繰り広げるならともかく、支持者を愚弄・嘲笑したり、選手選考等で公平性を保とう(完全に公平というのは無理)とする力が損なわれるなど、自家中毒現象や宿主に被害を及ぼすことは認められないことだと信ずる。

〔ここで脱線〕
サツカーの話題は今年限りにするが、ここで少し語る。
中村俊輔選手はもう出番がないかもしれない。
スコットランドリーグ・セルティックでは司令塔として活躍したが、チームに屈強な選手達(FW:ハートソンなど)がいたからこそ、パサー&フリーキッカーとしての彼の才能が開花していたのかもしれない。
とっくの昔に凋落は始まっていたのかもしれないが、ワールドカップ本大会で主役交代が明らかとなって少しせつない。だが、それが華やかな舞台で良かったともいえる。
同様な方法で、カズこと三浦知良選手も'98本大会の舞台で中田英寿選手と主役交代とするべきだった。さすがに4年後'14ブラジル大会は選手としての出場は絶対無理。監督としても未だ現役のため未知数。'02トルシエ監督の時、もしくは'06ジーコ監督の時に中田英寿氏の監督への要望に従って出場してくれれば良かったのに、とも思う。

とにかく、いろいろ試合運びが拙かった点もあるが、ドーハの試合で中山選手を交代させなければアメリカ大会で活躍できていただろうと思うとこれも切ない。

ワールドカップ本大会に縁が無かったと競技スポーツの厳しさにあきらめるしかあるまい。
この点は、最後の最後で信念を通した岡田監督に敬意を表する。(三浦(知)・北澤選手にも同程度の配慮は欲しかったところは今でも不満で怒りはあるが)

あと、将来のため、予選で活躍していない若手に本大会を経験させるのは、余程の才能があり本大会でも起用できる選手に限るべきだろう。4年後にその期待の新星が順当に育つとは限らず消えてしまって、せっかくの経験が無駄と化していることがほとんどだから。

そして、もうひとつ。
もう日本サッカーに絶望したので(競技自体でなく、JFAも含めた日本プロサッカーに関わる政治・経済・文化の複合体に対して)もはやどうでもいいことだが、岡田武史には民主党の鳩山由紀夫前総理のように消えてほしい。以前、死ぬべき者と呪うほど、と書いたが、どちらも実際に死ななくて良い。背景に癌の中核である陰の権力者(小沢・川渕など)が居ることも知っているし、富・名誉・権力が集うところに魑魅魍魎が跋扈することも承知している。地位に就いたとたんにそれら怪物達に憑依され、本来の自分でなくなったり、自身の邪悪な面が過度に放出されることもある。しかしながら、就任したからには自分自身もその一員であることも認識して欲しい。

ある程度、老後の保障は確保したのなら、再びなし崩し緊急就任等で多く人達を失望・絶望・憤激の坩堝に陥れるかもしれないので、本当に改革ができるまでは二目と見たくないものだ。

今となっては失笑ものだが、かつてUWFの前田日明選手が新日本プロレスのリングに上がったときに「誰が一番強いか決めたら良い。」と叫んだことがあったが、プロレスのような独特なスポーツでなく、多少うさんくさい面もあるが、現在でも競技スポーツと一般大衆に認められているサッカーでさえ、プロでは公平なシステムができないでいると痛感した。
陰で蠢く策謀や暗闘もスポーツの良いスパイスとは思うが、効きすぎると料理自体がダメになってしまう。それらも含めて最終的に観客のいるリングやピッチ、グラウンドで表層上でもケリがつけられなければスポーツとはいえないと、私は今でも信じる。

〔ここで脱線終わり〕