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>和魂洋才(わこんようさい)とは、日本古来の精神世界を大切にしつつ西洋の
>技術を受け入れ、両者を調和させ発展させていくという意味の言葉である。
>これに対して、西洋の技術を受け入れるにはやはり西洋の考え方を基盤とする
>必要がある、という意味の洋魂洋才(ようこんようさい)という言葉もある。
>古くから使われていた和魂漢才(わこんかんさい)をもとに作られた用語。


和魂洋才。中学で学ぶ歴史以来良く聞く単語(進学校なら小学生でも知っているかも)だが、ものづくりなら可能だが、社会のシステムを近代西洋から取り入れ自国に取り入れる為には、社会の構成員が根本的な精神を理解していないと失敗するだろう。「頭でわかっている程度」ではダメで「骨の髄まで理解している程度」でないといけない。

とにもかくにも、戦時中の「主権天皇制」が崩壊して「象徴天皇制」になって、解放された面もあるが、「主権天皇制」が有していた「疑似キリスト教精神」が消失してしまったのは何とも痛い。

公務員も国民の公僕という意識だけではまともに働かない。
富・権力・権威に近いところにいる公務員にむらがってくるのは、か弱き善良な市民ではなくて、偏向した圧力団体まがいの市民、とか、義務を果たさないのにゴリ押しの権利意識だけが突出した"モンスターペアレント"ならぬ"モンスターシティズン"だったり、飽くなき利益を追求する企業の役員・担当者、そして権力と富の亡者である政治家などで、それらが"本来救うべき、救われるべき人達"の割り込む隙を微塵も与えず、"富・権力・権威"の砂糖の山を取り囲み、少しでも自分達に有利な社会を作り出そうとあの手この手と次々繰り出すので、福祉はおろか格差社会は放置されて、住民の利益も徐々に浸食されてしまうだろう。

しかし、それら亡者達の存在を否定している訳でない。本当に悪辣な人もいるが、各個人は善良な面を持つ人もいて、その人の社会の役割上、忠実に行動している場合が多い。
むしろ、善良な市民とやらの怠慢を責めたい。何故、もっと政治に参画しないのか!法的ルールに従って理性的に、しかしながら、強い意志をもって継続的に政治的要求を突きつけないのか!
「仕事が忙しい。」「団結して各人の意見を調整して要求をまとめるのが、人間関係もあって面倒だ。」「政治の世界は汚い。」そりゃ、理解できる。しかし、それを乗り越えないと、自分達の権利を守ってくれる法律もできず行政を動かすことはできない。

私も町内の役員の末席を務めているが、(かわいい女の子は好きだけれども)"本当は人間嫌いの"この俺様(^^;)は、もちろん引き受けたくなかったけど仕方なしにやっているのである。
住民の意見をいろいろ聞くけど、それさえ苦痛だよ。
場合によっては議長みたいな真似もしているけど、本当は自宅で引きこもって、夏ならエアコン、冬ならコタツに入って、屁をこいて幸せに寝ていたい。
具体的な事案、活動、苦情、利害調整についてはここに書かないけれど、町内レベルでこのストレスや苦痛。これが市町村、都道府県、日本国、国際レベルなら、どれほど嫌な思いをしなくてはならないか。。想像しただけであまりある。政治的情熱や偏向した思想であっても確固たる信念でも無い限り、単に理想だけ追うような人なら、政界の人間の皮を被った猛獣・野獣達に薄っぺらい理想は喰い殺されて、余程のリベートや役得でも無いと肉体的にも精神的にも引き合わず、政界にとどまる気力を保つことができなくなってしまうことだろう。
「(選挙に)出たい人より出したい人」いう標語が"政治倫理"とか"政治浄化"が叫ばれた昔(私が青年時代の頃か。。)に流行ったが、今思うと、無責任もいいところだ。
大衆の心は移いやすく頼りにならないよ。
「おまえら!選挙に行って投票したくらいで支持してやったなんて言うなよ。君達の政治的弁護人をもっと支援してやれ!そして、自分の意向と少しでも異なる事を言っただけで見放したり罵倒し始めたりする。そんな不安定な地位に有能で誠実な人間が参入してくるものかよ!この政治的怠惰なカスども!」と善良な市民にさえ叫んでしまいたい衝動にかられる時もある。