紡がれた音の意味 | ekbB@blog

紡がれた音の意味


夜、一人でベースを弾いてみる。

先日の友人のライブに、熱をもらった感じだ。




指先が、弦から離れた瞬間。

紡がれていく音。




音色。

音階。

音の強弱。




その全てが、その一瞬で決まる。

そしてもう、取り返しがつかない。

誰のせいにもできない。

紛れもなく、自分が出した音は、

自分の責任でしかない。




一曲という流れの中で、

他のさまざまな楽器との調和の中で、

一音一音、あるいはその集合体である旋律は、

すべて意味があるもの。




自分の指が紡いだ音が、紡いだ旋律が、

気持ちいいか、気持ち悪いか、あるいはふつーな感じか。

それが結局、その演奏を聞き終えた後の、

心の中に残るものになっていく。



慎重になるだけでは、ふつーな感じで終わっちゃうし。
チャレンジが失敗し過ぎては、気持ち悪いなんてことになっちゃうし。
でも、チャレンジしなくちゃ、気持ちいい何かはなかなか生まれないし。


たぶん、大事なのは慎重にならなくても、
一定のクオリティを担保できるだけの基礎力。


だから毎日の基礎練は欠かせなかったりするわけで。






でもそれって、仕事でも同じことな気がする。

自分が提案したものを実現するには、
大抵の場合、費用が発生する。

費用が発生する以上、やっぱり効果がなきゃいけない。


で、慎重になるだけでは、効果はなかなか発生しないし。
チャレンジしなくちゃ、変化・効果をもたらすことはできないかもしれないし。
チャレンジを失敗するわけにはいかないし。


やっぱり、チャレンジが成功する、その精度を上げていくしかないんじゃないかな。

それには経験も必要だけど、
経験という「糧」にできるだけ考え抜くことが重要な気がする。


考えて、考えて、考え抜いて。



これが本当にお客様のためになるのか。
本当に成果につながっていくものなのか。



考えて、考えて、考え抜いて。



その数が結局、経験の量につながっていくじゃないかな。






音楽でお金を稼ぐことは、ものすごく大変なことだと思ってる。

アマチュアだっとしても、お金を払ってライブを見に来てもらった以上、
絶対に楽しんでもらいたかったし、見に来てよかったって思ってもらいたかった。

支払った金額以上の何かを、見に来てくれた人に送りたかった。
自分が気持ち良ければそれでいいなんて、僕にはありえなかった。






かといって、会社という枠の中で仕事をしている今、
楽にお金を稼げているとは思っていない。





なぜなら、その出所は一緒だから。

お客様からいただいているものであることに、

なんら変わりはないから。





楽だなんて意識は、失礼でしかない。







もちろん組織生産性の向上、効率化は推進しながら、
もっともっとクオリティを上げていかなくちゃ。





「楽」だなんて、言えない。
でもなんだかんだ、「楽」しくはあるんだなー。






今日のお供『そして僕は途方に暮れる / ハナレグミ ver.』