マツリ事
で、日曜日。
2008年の11月に別れを告げる日。
実家から今住んでいる駅へ戻ると、
何やら拡声器を使って大声で叫んでいる声が。
何やらデモ(?)があったらしく、
それを止めようとしているのか何なのか、
行進しているデモ隊の先頭に警察の車両が。
で、拡声器を使って喋っているのは、
そこの警察署長らしい。
拡声器で歪んだ声というのは、
なんとも不穏な感じがして、好きくない。
若い人たちが連れ立って歩いているデモ隊。
彼らが掲げているのは、どうやら政治に対する不満らしい。
若いのに、それほどまでに政治に関心を持つということ自体は、
決して悪いことではないと思う。
きっと彼らは、政治に対する関心がすごく高いのでしょう。
延び延びになっているとはいえ、
そう遠くない将来、解散総選挙は行われるでしょうから、
そこで選挙に行けばいいじゃん、と僕なんかは思うのに、
わざわざこの寒空の下、デモをするくらいなんですから。
きっとこのデモに参加している人たちの投票率は100%なんでしょう。
僕もその点は見習わなければ。
今、三国志を読んでいて感じますが、
戦に勝ち、占領した領土において、
暴力を戒め、盗みを戒めれば、
たいてい「良い政治」と描かれていることが多いです。
でも実際に今、「良い政治」と「悪い政治」の判断というのは、
ものすごく難しくなっているように思います。
乱暴に言ってしまえば、
誰の利益を代表しているのか、ということでしょうか。
そりゃ国民の、ということにはなるのですが、
国民と十把一絡げにできる状況は既になく、
年齢だったり、所得だったり、
あるいは住んでいる場所だったり。
それぞれが置かれている状況に応じて、
求めているものが変わるわけですから、
その中で、誰の利益を代表するのか、という問題は、
必ず生まれてくると思います。
そうである以上、「総意」なんてものは存在せず、
「過半数=総意」とみなさざるを得ない。
そうすると、残りの過半数に満たない声は、
どうしても無視されることになってしまいがち。
つまり、どんな政策をうっても、
不満の声はどこかから上がってくるメカニズム、
ということなんじゃないでしょうか。
政策によっては、効果が出るまでに時間のかかるものもあるだろうし、
最初がダメでも、改善していけば効果が出そうなものもあるだろう。
だけど、その評価はかなり早い段階で下されることになるし、
さらには、酷評されていたものでも、時間が経てば忘れられ、
いつの間にか、放置されてしまうことだってある。
もっと言えば、誰かの利益を代表した政策である以上、
常に賛否両論であることは予想できるのに、
どちらかというと批判の声しか入ってこないのも大きな問題な気がする。
うーん、やっぱり政治は難しい。
どうにも興味がもてない。
そんなことを考えながら、
今日はスタジオに入ってセッションをしてきました。
音楽と戯れている時間は、相変わらず幸せでした。
あーぁ、政治の話はあんまり書きたくなかったんだけどなぁ……。
今日のお供『Love Story / 清水翔太』