イタイはなし。
うーむ、部屋の片づけが一向に終わらない。
片付け、というか、新居に持っていくものをまとめているだけのはずなんだけど。
基本的には、多分僕は片づけがニガテ。
本を整理していたら、いつの間にか読みふける。
CDを整理していたら、いつの間にか鑑賞会が始まる。
まったく、何度繰り返してきたことか。
この点に関しては、一切反省が活かされていない。
というか、正直に言うとあまり反省していない。
で、片付けの時に困るのが、子供の頃の写真や文集。
今日も見事に遭遇してしまった。
古くは幼稚園の頃の写真と文集的なものからあるから、もう21年前か。
昔はかわいかったな、と自分で思う。
今ではもう、全くといっていいほど、
写真は撮らない(自分は写らない)のに、
昔は嬉しそうにピースをしていた。
中学くらいから写真の枚数が激減し、
高校生に至っては、入学式と修学旅行の団体写真が2枚だけ。
この辺から写真嫌いが始まっていったのだろう。
ひとつだけ疑問なのは、
小学校の頃はストレートだったのに、
中学校に入ったあたりから、急激に波打ち始めた僕の髪の毛。
性格や根性と一緒に、曲がってしまったのだろうか。
高校は卒業文集がなかったから、
中学校・小学校・幼稚園の3つしかないのだけれど、
恥ずかしさを覚えつつも、つい見てしまう。
その頃から、どうやらひねくれた部分があったらしい。
きっとみんなと同じトピックでは書きたくないと、
必死にちょっと変わった内容を書こうとしたのが伝わってくる。
まぁ、見事に失敗しているわけですが。
昔を振り返ったとき、どうしても思い出すのが中学2年。
今までみたどのドラマよりも、熱い先生が赴任してきて、
僕らの担任になった。
もう孫がいてもよさそうな年の、男の先生だったけど、
彼が僕らのクラス、僕らの学年に与えた影響はものすごかった。
その先生は特に合唱コンクールに力をいれていた人で、
そのおかげで、僕らの学年は、
創立以来なんじゃないかってくらい、熱い戦いを繰り広げた。
その先生が作っていた『学級だより』。
多分、母親か祖母がそのいくつかをまとめてくれていたのだろう。
僕の机の引出しの、奥底から姿を現した。
その『学級だより』の中で、
「成長調査」という名目で、先生から出された題目に対して、
生徒一人一人の回答がのっていた一枚があった。
3学期に行われた、最後の成長調査。
題目は、
1.自分の成長したと思う点をできるだけ多く書きなさい。
2.今後どんな自分になりたいか書きなさい。
3.3学期の自分の課題を書きなさい。
もちろんその紙には、僕の回答も載っていた。
題目1に対して、3つ回答していたうち、最後の1つが印象的だった。
(最初の2つは恥ずかしすぎて書けません)
『成長は1人でするものではなく、他の人と助け合って成長していくものだと思う。
成長はみんなのおかげ、これを知ったことも1つの成長』
なーにを生意気な、という感じもしますが。
会社を退職する際、それまでを振り返って改めて感じたこととも通じ、
中学2年という1年間は、多分僕にとって大きな1年だったのだろうと感じました。
合唱コンクールの感想文を掲載した回では、
見事優勝したということもあって、何とも自信満々な文章を書いていた。
タイトルもそのまんま、『自分自身への自信』だって。
まぁ、「だから自信っていうんだよね」とは突っ込まないでおこう。
しかし、生徒全員の感想文をまとめて、打ち込んで、
生徒全員に配った先生の努力には恐れ入る。
しかも、ほぼ毎週にわたって出しているんだから、
先生というのは、本当に大変な仕事だなぁと思う。
しかし卒業文集というのは、
イタイっていうことがわかっているのに、
どうしてこうも読もうと思ってしまうのでしょう。
特に、クラス全員が同一のテーマについて書いたコーナーみたいなヤツ。
定番の、「将来の夢」。
当時友人たちとバンドを組み、ギターを弾いていた僕の夢。
『世界中がみとめるRockBand』
イマイチどーしたいのかよくわからない夢だけど、
ま、人生色々だよね。