ふわっふわの自信 | ekbB@blog

ふわっふわの自信


今日は、とある方が、僕のことを「自信家」だと
思っていらっしゃるということを聞いた。

なんでだろ、あまりそんなつもりはないのだけど。
少なくとも、もともとはそんなに自信家ではなかったはず、だと思う。
まぁ自分のことって、得てしてわかってないことも多いけど。


一つ思い当たるとすれば、大学1年生の頃。

僕はJAZZの「Swing」というリズムがとってもニガテだった。
4ビートを刻んでも、「Swingしていない」と言われてしまう始末。

底辺を支えるベースの、最も大切な役割は、
「グルーヴ(ノリに近い意味と捉えてください)を出すこと」だと、僕は思っていて、
「Swing」というのは、JAZZのグルーヴの一種だから、
「グルーヴしていない」=「ベーシストとしてイケテナイ」みたいな感覚を覚えていた。

そして必然的に、いつの間にか、天まで届く苦手意識が生まれていた。

さらに、「ベースソロ」というものが僕は好きくなれず。
でも、典型的なJAZZのセッションではソロを回すことが多くて。
だから、なおさらJAZZに対する苦手意識が高まっていった。

当時は、僕の周りがJAZZに傾倒していって、
「JAZZ至上主義」的な風潮があったような、
僕が勝手に感じていたような。

だからこそ、ベーシストとして、これ以上ないくらい自信を喪失していた。
元々持っていた、8ビートや16ビートなどでタイトなグルーヴを出すことへの自信すら、
いつの間にか霞んでいた。


そんなときに出会ったのが「R&B」という分野。
シンプルなベースラインで、「間」を生み出しつつ、
グルーヴを出していく。
周りの人が褒めてくれたこともあって、一気にのめり込んだ。

落ち込みながらも、基礎練を続けた甲斐もあって、
以前よりタイトにリズムを刻めるようになったこともあると思うけど、
そうして少しずつ、ベーシストとしての自信を取り戻していった。

最終的には、R&Bとか、Funkとかの分野でなら、
そこそこイケてるベーシストになれた、と思う。

相変わらずJAZZへの苦手意識はあったし(これは今でも、かな)、
結局Swingってのが何だかわからずじまいだったけど、
自信を取り戻していくにつれて、人前でSwingの曲をやることにも、
以前ほどの抵抗感を感じなくなっていた。


この経験から僕は、自信を喪失していると、
「できない」と思っていると、
本来できたはずのことにすら影響を与えることを学んだと思う。


「自分にならできる」と、根拠がなくても思い込み、
諦めないで出来るまでやり続ける、という姿勢と、

「自分にはできない」と思い込み、
だからこそしっかりと、慎重に準備を進める姿勢。


我ながら乱暴な分け方だとも思うけど、
物事に取り組む姿勢は、この2つに分類できると思う。

この辺は、性格的な部分もあるし、
どっちが良い悪いではないと思う。

僕はどちらかというと慎重な性格。
だからこそ、前者の積極的に挑戦していく考え方があっているのだと思う。

その考え方を持つことで、「出来るまでやりぬく」という想いを、
保ち続けることが出来るのだと思う。


さらに、「今の自分がいる場所が底辺」という想いを抱いていて、
だからこそ、頑張るしかない、というか。
こっから先は、出来るようになる道しかない、というか。

ポジティブなようで、とってもネガティブスタートな考え方が、
この時期に確立されたように思う。


だから、仕事に取り組むときも、
「できない」と決めつけて、諦めることは許されないと思っている。
その労働で賃金が発生している以上、
例えバックボーンがなくても、いわゆる「プロ」と何ら変わりはないのだから。

だからこそ、やる前から諦めるということはせず、
そしてやる以上は、できるようになるまで諦めないようにする。

頑張ることくらいなら、僕にだって出来ると思うから。

まして、今僕がやっている仕事は、実際の作業はPCが行うわけで。
スポーツみたいに、肉体的な部分、ある程度先天的なものが関わる部分は、
あまり少ない分野だと思うから、結局、出来るまでやるかどうかだと思ってる。


そんな感じで、これまでも、きっとこれからも、
日々の仕事に取り組んでいくんだろうな。

そんな姿は、確かに傍から見れば、
「自信家」に見えるのかもしれない。


とりあえず、自信を持って何かしらに取り組んでいくという意味では、
僕は「自信家」なのかもしれない。

それが例え、どこにも根ざしていない、ふわっふわの自信だったとしても。


でも、「素直さ」と「謙虚さ」だけは忘れないようにしなくちゃ。