アナタハ、神ヲ、信ジマスカ?
なんて言っている牧師さんを、未だに見たことがないのですが。
信じる、信じないは別として、
「人智を超えた何か」を「神」と呼ぶのであれば、
間違いなく「神」は存在していると思います。
それは例えば、地球そのものかもしれない。
「ガイア仮説」を支持できるほど、
それに詳しいわけではないのですが。
ただ、おそらく地球上に存在する生命体は、
地球から生まれたと思われるわけで。
何万年という時の中で、進化の過程を経ても、
生命体と地球とをつなぐ、何かしらのメカニズムが、
生命体の中に埋め込まれていてもおかしくないんじゃないかと。
例えば、脳の中の、未だ解明されきっていない部分とかに。
要は、地球を本体、各生命体をそのパーツに例えるなら、
本体とパーツを結ぶ何かがあってもいいんじゃないかと思うわけです。
で、僕らの言う『祈り』が、
その地球とつながるメカニズムを通して、
地球へと届けられたとき、
僕らが『奇蹟』と呼ぶ、人智を超えた現象が、
地球によって起こされたとしても、
そんなに不思議なことじゃないんじゃないかと思います。
そして、それを「神の御業」と呼ぶこともあるんじゃないかと。
だから、「神」は存在していても、おかしくないと思うのです。
まぁ、「人」の形をしているかどうかは、わからないけれど。
今日、夕食を食べながら、NHKの「プロフェッショナル」を見ていて、
番組が終了しても、そのままテレビを見ていたら、
「世界遺産」の番組がやっていた。
今回取り上げられていたのは、世界の名瀑布。
確実に、「人智を超えたもの」は存在している、と感じた。
まぁ、人類はまだ「ヒト」のことすら全て解明できてないのだから、
「人智を超えたもの」というのは間違いなく存在しているのだけど。
でも、そういうこととは別に、
どれほど人類が進化しても、届かない領域が、
確実に存在しているように思えた。
本当に、言葉もでないほど。
おそらく、というか、多分間違いなく、
人間の美的感覚を養ったのは、「自然」だと思う。
そして、究極の美を求めたら、きっと「自然」に行き着くのだと思う。
あの、圧倒される美しさは、
言葉とか、そういう何かしらの制約を超えて、
直接、響いてくる。
それが脳なのか、心なのかはわからないけれど、
どこかに直接、響いてくる。
恥ずかしながら、まだブラウン管のままの、
自宅のテレビを通した映像からですら、
その圧倒される力が伝わってきた。
で、その番組内で紹介されていた『世界百名瀑』。
写真家の白川義員氏が撮影した、世界の瀑布の写真。
まさに、息を呑むほどの美しさだった。
きっと、いくらCGで作り込んでも、あの美しさは表現できないだろう。
とっても、とっても欲しいのですが、
1冊39,900円は、ちょっと手が出ないなぁ……。
仮に地球を1つの生命体と考えて、
自らの身体を使って表現するアーティストだと仮定したら、
アーティスト歴、46億年(うろ覚え)かぁ。
これは経験の差だな、うん。
信じる、信じないは別として、
「人智を超えた何か」を「神」と呼ぶのであれば、
間違いなく「神」は存在していると思います。
それは例えば、地球そのものかもしれない。
「ガイア仮説」を支持できるほど、
それに詳しいわけではないのですが。
ただ、おそらく地球上に存在する生命体は、
地球から生まれたと思われるわけで。
何万年という時の中で、進化の過程を経ても、
生命体と地球とをつなぐ、何かしらのメカニズムが、
生命体の中に埋め込まれていてもおかしくないんじゃないかと。
例えば、脳の中の、未だ解明されきっていない部分とかに。
要は、地球を本体、各生命体をそのパーツに例えるなら、
本体とパーツを結ぶ何かがあってもいいんじゃないかと思うわけです。
で、僕らの言う『祈り』が、
その地球とつながるメカニズムを通して、
地球へと届けられたとき、
僕らが『奇蹟』と呼ぶ、人智を超えた現象が、
地球によって起こされたとしても、
そんなに不思議なことじゃないんじゃないかと思います。
そして、それを「神の御業」と呼ぶこともあるんじゃないかと。
だから、「神」は存在していても、おかしくないと思うのです。
まぁ、「人」の形をしているかどうかは、わからないけれど。
今日、夕食を食べながら、NHKの「プロフェッショナル」を見ていて、
番組が終了しても、そのままテレビを見ていたら、
「世界遺産」の番組がやっていた。
今回取り上げられていたのは、世界の名瀑布。
確実に、「人智を超えたもの」は存在している、と感じた。
まぁ、人類はまだ「ヒト」のことすら全て解明できてないのだから、
「人智を超えたもの」というのは間違いなく存在しているのだけど。
でも、そういうこととは別に、
どれほど人類が進化しても、届かない領域が、
確実に存在しているように思えた。
本当に、言葉もでないほど。
おそらく、というか、多分間違いなく、
人間の美的感覚を養ったのは、「自然」だと思う。
そして、究極の美を求めたら、きっと「自然」に行き着くのだと思う。
あの、圧倒される美しさは、
言葉とか、そういう何かしらの制約を超えて、
直接、響いてくる。
それが脳なのか、心なのかはわからないけれど、
どこかに直接、響いてくる。
恥ずかしながら、まだブラウン管のままの、
自宅のテレビを通した映像からですら、
その圧倒される力が伝わってきた。
で、その番組内で紹介されていた『世界百名瀑』。
写真家の白川義員氏が撮影した、世界の瀑布の写真。
まさに、息を呑むほどの美しさだった。
きっと、いくらCGで作り込んでも、あの美しさは表現できないだろう。
とっても、とっても欲しいのですが、
1冊39,900円は、ちょっと手が出ないなぁ……。
仮に地球を1つの生命体と考えて、
自らの身体を使って表現するアーティストだと仮定したら、
アーティスト歴、46億年(うろ覚え)かぁ。
これは経験の差だな、うん。