小説に支配される感覚 | ekbB@blog

小説に支配される感覚

今日は会社のすぐ近くで花火大会があったこともあり、
交通規制の関係で、めずらしく電車で会社に行った。

昨日の内に車内で読むための本を買っていたので、
行きも帰りもその本を読み耽っていた。

本を読んでいると、いつのまにか、
思考がその本に同化していく錯覚を覚える。

頭の中に出てくる文章が、
少しノベライズされているような感覚に陥る。

特に今日読んでいたのは、
少し気だるい雰囲気の、主人公の一人称で書かれたものだったから、
少しだけ、気だるい思考になっていたかもしれない。


花火大会が終わる前に会社を出て、
電車が空いている内に帰ろうと思っていたのに、
会社を出たタイミングは、花火大会が終わったタイミングと、
ほぼ同じになってしまった。

得てしてそんなものなんだろう。


電車がホームにすべり込んできて、僕の目の前でドアが開く。
少し席が埋まり始めていた車内の様子を見て、
僕はまだ誰も座っていなかった優先席へ直行した。

僕は、あまり電車には乗らないけれど、
「優先席」の意味はわかっているつもりだ。

あそこは決して「専用席」ではない。
誰も座っていなければ、遠慮する必要はないんだ。

今日は本を読んで帰るつもりだったし、
途中で寝ることはない、という自信があったから、
譲るべき人がいたら、絶対に譲る、という思いと共に、
僕はその席に着いた。


次の駅では、案の定、花火大会帰りの人が大量に乗ってきた。
一気に車内は満員状態。

席に座っていた僕にはそこまで影響がなかったけれど、
これがあるから電車は好きになれない。

車だったら、例え渋滞をしていても、
車内は快適そのものだから。


そのまま本を読み続けていたら、
乗り換える予定の駅に近づいたあたりで、
窓を雫が強く叩いていることに気づいた。

駅に止まった電車の中にまで、
その雨が吹き込んでくるくらいに。

乗り換える予定の駅に着いたときも、
まだ雨の勢いは衰えを知らず、
気だるい雰囲気の小説に身を任せて、
僕は電車を降りるのをやめた。

幸い、その電車の終着駅は、
目的の駅につながる路線に乗換えが可能な駅だった。

少し遠回りになるけど、
それが許されるのが「帰り道」だ。


時々不安になるほどの揺れを伴いながら、
電車は走っていった。

僕はずっと本を読んだまま。


どこかで夕食を食べて帰ろうと思っていたのだけど、
何だか食べそびれて、そのまま目的の駅に着いてしまった。

車だったら、きっと食べながら帰っただろう。

どっちがいいのか、難しいところかもしれないが。


で、先ほどようやくその本を読み終えたところだ。

だからまだ、その残り香が、思考の周辺に漂っている。


これから僕は、退職届を書こうと思う。

この思考が残ったままだから、ひどく気だるく、
それでいて叙情的な退職届にならないといいのだけれど。