自分史上最高の人生
いやはや、今先ほどアップしたブログを読み返したのですが、
長すぎですね。長すぎです。いや、長すぎです。
ホントすいません。
無意味な気合が入りすぎて、空回りして、止まらなくなっている感じです。
で、長くなったので、もう一個書きたいと思っていたことを、
別途書かせていただきます。
ワガママですみません。だって、ブログなんだもの。
さて、ライブの帰り道、友人と少し「信念」について話をしました。
それで友人を送り届けた帰り道、そのことをずっと考えていたので、
ちょっとここでまとめてみたいな、と思います。
『信念』:固く信じて疑わない心。行動の基礎となる態度。
「自分の信念を貫くこと」
きっとそれはとても難しいことだと思います。
でも、だからこそ価値あることで、大切なことなんだと思います。
もちろん、頑なになることがいいことばかりとは限りませんが、
少なくとも何かひとつを守り、貫くことは、決して悪いことではないと思います。
自分の信念って何だろう、と考えてみます。
きっとそれは、
「自分が関わることが許された人たちに、少しでも、わずかでも、
どんなに小さくても、幸せを返していく」
ということなのかな、と思っています。
信念っていうのとは、ちょっと違うかもしれませんが、
それでも僕が行動の基準にしたいと思っていることです。
残念ながら自分が思い描いた理想の姿ほど、
僕は強くなく、やさしくもなく。
とても臆病な人間だと思っています。
だからこそ、誰かの笑顔を見れたとき、嬉しいし、安心するし、幸せを感じます。
なかなかその通りにはいきません。
それでも僕の信念は、壁を貫き、壁を飛び越え、壁を回り込み、
何とか前に進んでいけると思っています。
もちろん、途中で立ち止まり、迷って、悩んで。
そんなことを繰り返しながら、色々な判断をしていくことになります。
その時に思うことは、いつも同じで。
「その判断を、正解にする」ということです。
その判断が正しいのか、誤っているのかは、
時間が過ぎた後に、振り返って初めて「決めること」。
そして、自分が「決めること」。
そう思います。
だから、例え誰かに「客観的に見たら、その判断は明らかに間違いだ」と、
主観的な意見を言われても、
少なくとも自分だけは、自分を信じたいと思う。
その判断を下したならば、なんとかその判断を「正解」へと導きたいと思う。
もちろん自分の意見に固執し過ぎることはよくないですから、
謙虚な態度は忘れずにいたいですが、
同時に色んな意見に振り回されないように、
自分の芯は持っていたいな、と思います。
これまた残念ながら、自分は優れた人間ではないので、
過ちを犯すこともあるでしょう。
ひょっとしたらこの先、取り返しのつかない過ちを犯すことも、
あるかもしれません。
その時に、今と同じことが言えるかといえば、正直わかりません。
でも、今は、少なくとも自分だけは、自分を信じてあげたい。
少なくとも自分だけは、自分を諦めることはしたくない。
未来なら、まだやり直せるはずです(受け売り、かな?)。
なんて、単に自分に甘いだけかもしれませんね。
手っ取り早く言えば、「結果オーライ」ってことじゃん、って思われるかもしれません。
でも、自分の人生は一度きり。
たとえ輪廻転生を繰り返しているのだとしても、この「自分」は一度きり。
今この人生が「自分史上最高の人生」だと言うかどうかは自分次第。
いいんじゃないかな。
胸を張って言えば。
僕自身が、それを支持するよ。
うん、今この人生は「自分史上最高の人生」だね。