なんで急にやる気が沸いたのか。
よくわからないが、やりたいことっていうのは、他人とかかわってる人間だからこそ、
他人を押しのけてでもやる時はやらないと死ぬまでできないじゃないか。
といった具合に、なんとなく「無理矢理捩じ込む感じが大切」って思ったからだと思う。
あと、小説。
25日に上下巻で新刊出たんだけど、今のところそれあわせて文庫でそのシリーズが8冊出てて、今3冊目の終わりの方。
なんか、やっぱこのおかげかもしれない。私が本能で求めたものは正しかった。
本能とかいって。
いつもは自分に本能なんてあるのか謎だけど、ある種の極限だったんだろう、私は。
だから、人間はいつも極限を求めていないとだめだ。
追い詰めないとだめだ。自分を。
楽なのは素敵だ。でも、現状維持じゃなんの意味もないよ。
今日TLに上がってきたついーとで一番うけたのが、D氏の「で、口が空いてる。」でした。
トドメのわんせんてんつだった。すっごくよくわかる。
おかげ様で疲れが軽減された気がした。ありがたやー。
先月いっぱいでやめちゃったうちの店のマネキン様。
「この店の人はおかしい」って確か言いました。
あれ?言ってないっけ???
なにがって、みんな年齢不詳だっていう話からそんなこと言わなかったっけ?
「この店の人はみんなわかんない」だったかな。
そうかもしんない。「みんなわかんない」だったかもしんない。
勝手におかしくしちゃったかもしんない。
でも、この世におかしくない人なんているのか。どうでもいいや。
なんかしょっちゅう「学生さんですか?」って訊かれる。
内側も外側もラフなだけだ。
引き続き、やりたいようにやる。
寝たいから寝る。
いつも寝たい。
常に寝たい。
眠くない時も何もしたくない。
何も考えたくない。
考えちゃう。
考えまくって一日が終わる。
そうやって生きてきた。
トドメのわんせんてんつだった。すっごくよくわかる。
おかげ様で疲れが軽減された気がした。ありがたやー。
先月いっぱいでやめちゃったうちの店のマネキン様。
「この店の人はおかしい」って確か言いました。
あれ?言ってないっけ???
なにがって、みんな年齢不詳だっていう話からそんなこと言わなかったっけ?
「この店の人はみんなわかんない」だったかな。
そうかもしんない。「みんなわかんない」だったかもしんない。
勝手におかしくしちゃったかもしんない。
でも、この世におかしくない人なんているのか。どうでもいいや。
なんかしょっちゅう「学生さんですか?」って訊かれる。
内側も外側もラフなだけだ。
引き続き、やりたいようにやる。
寝たいから寝る。
いつも寝たい。
常に寝たい。
眠くない時も何もしたくない。
何も考えたくない。
考えちゃう。
考えまくって一日が終わる。
そうやって生きてきた。
S氏は疑問に思った。そして行動に移した。
けっこう難しいことです。しかも、結果を出して公表した。
そして、私は感動したのです。
本当にお疲れ様でした。
どんなにすばらしいひらめきを天から与えられても、それを実行しようとしなければ何の意味もない。
当たり前ですが、当たり前のことを、当たり前のことだと思うことも含めてそう感じさせてくれたことに感謝します。
そうなのね。私には行動力が足りない。
行動しよう。そうしよう。
一年くらい前の話をしてみる。何故って思いだしたから。
これも行動。
禁煙したことがある。7か月だか8か月だか。
冬のはじめに断って、翌年の夏に我慢ならなくなって吸った。
何日たっても、何か月たっても、無駄なんだなと学んだ。
人間の体の細胞は3年で総入れ替えとなるそうだが、3年我慢しないと、
煙草を吸っていたころを知る細胞が吸いたがりでもするんじゃないだろうか。
だからたばこを吸わなくなってから3年我慢しないと、
いつまでたっても吸いたい感覚がよみがえるんじゃないのだなんて、ばからしいことを考えてしまう。未だに。
私の場合は、体が欲しがったというよりも、心が欲しがってしまったので余計だめだったし、
たった今書いた細胞が3年の話とはあまり結びつかないんだけど。
でも、無性に吸いたかったよ。ぶり返すよ。恐ろしいよ、たばこは。
ついさっき値上がりして、23:59のレシート握りしめていたその帰り道、
もし私が近々またたばこをやめることになったらと考えてみた。考えただけ。
考えただけで泣きそうになった。
どんだけたばこが好きなんだ。自分で「やばいなあ」と何故だかほくそ笑みながら家の前の道をすたすた歩いた。
でも、いろんな思い入れがあるよ。だから泣きたくなったんだと思う。滑稽だね。だからほくそ笑んだ。キモい女だ。
禁煙しようと思ったというか、やめてやろうと思ったというか、
やめないと、もともと納得のいかない自分のことをもっと認めてやれそうにないなと思ったというか、
もっと端的にいえば、やべえ自分のこと嫌いになりそう!更なる境地に行きそう!と思ったきっかけは、
私のたばこ友達だった父が病院のベッドに監禁されてまずい病理食を食べ続けている姿を見たからだった。
父と同じ銘柄のたばこの匂いをさせてたばこを取り上げられた父の病室には入れない。そう思ったからだった。
父が入院している間は、医者に何度も呼び出された。その何度も呼び出されていたうちの何度目かに、
覚悟はしていたが、父がもう助からないんだとものすごく深く理解して、とっても悲しくなった。とてもだ。
いままで知らずと父に照らされていた部分が真に真っ暗になった瞬間だったねあれは。
それが煙草をやめた翌年の初夏あたりだった。
夏真っ盛りのころ、私はそれまで自分が使っていた部屋から、父の使っていた部屋に引っ越した。
家の中の部屋から、家の中の部屋へと。だって、私の部屋、窓が無かったんだ・・・(爆笑)
父の部屋には素敵な窓があって、母が父の私物を段々と処分していく中、
ついでといったら変だけど、今度は私がそこへ移ることになった。
結局、父のものがなくなっても、私にとってそこは父の部屋のままでした。
そうこうするうちに、吸いたくなってしまったわけです。
夏は体がダメだった父も比較的元気で、父と私は碌な会話もなかったくせによくつるんでいた。
私と父の間にあったのは、たばことお菓子だった。今振り返ってみれば、互いの人生の中のいい季節でした。
私は、夏がきて、父がいなくて、たばこが吸いたくなってしまった。
ニコチンが欲しかったんじゃなくて、別の何かが欲しかった。
その別の何か。
未だに言葉では言い表し難いままだし、どんなにたばこを吸っても決して得られはしなかったけれど、
ヒントは煙草に隠されていたということだけは、確かでした。
生き続けてほしかったんでしょうね。
また帰ってきてほしかったんでしょうね。
無理だとわかっていた、たったそれだけのことを、一本のたばこにたくしていたんでしょうね。
もう3時じゃねえかあああああああああああ!!!!!!
寝る。
けっこう難しいことです。しかも、結果を出して公表した。
そして、私は感動したのです。
本当にお疲れ様でした。
どんなにすばらしいひらめきを天から与えられても、それを実行しようとしなければ何の意味もない。
当たり前ですが、当たり前のことを、当たり前のことだと思うことも含めてそう感じさせてくれたことに感謝します。
そうなのね。私には行動力が足りない。
行動しよう。そうしよう。
一年くらい前の話をしてみる。何故って思いだしたから。
これも行動。
禁煙したことがある。7か月だか8か月だか。
冬のはじめに断って、翌年の夏に我慢ならなくなって吸った。
何日たっても、何か月たっても、無駄なんだなと学んだ。
人間の体の細胞は3年で総入れ替えとなるそうだが、3年我慢しないと、
煙草を吸っていたころを知る細胞が吸いたがりでもするんじゃないだろうか。
だからたばこを吸わなくなってから3年我慢しないと、
いつまでたっても吸いたい感覚がよみがえるんじゃないのだなんて、ばからしいことを考えてしまう。未だに。
私の場合は、体が欲しがったというよりも、心が欲しがってしまったので余計だめだったし、
たった今書いた細胞が3年の話とはあまり結びつかないんだけど。
でも、無性に吸いたかったよ。ぶり返すよ。恐ろしいよ、たばこは。
ついさっき値上がりして、23:59のレシート握りしめていたその帰り道、
もし私が近々またたばこをやめることになったらと考えてみた。考えただけ。
考えただけで泣きそうになった。
どんだけたばこが好きなんだ。自分で「やばいなあ」と何故だかほくそ笑みながら家の前の道をすたすた歩いた。
でも、いろんな思い入れがあるよ。だから泣きたくなったんだと思う。滑稽だね。だからほくそ笑んだ。キモい女だ。
禁煙しようと思ったというか、やめてやろうと思ったというか、
やめないと、もともと納得のいかない自分のことをもっと認めてやれそうにないなと思ったというか、
もっと端的にいえば、やべえ自分のこと嫌いになりそう!更なる境地に行きそう!と思ったきっかけは、
私のたばこ友達だった父が病院のベッドに監禁されてまずい病理食を食べ続けている姿を見たからだった。
父と同じ銘柄のたばこの匂いをさせてたばこを取り上げられた父の病室には入れない。そう思ったからだった。
父が入院している間は、医者に何度も呼び出された。その何度も呼び出されていたうちの何度目かに、
覚悟はしていたが、父がもう助からないんだとものすごく深く理解して、とっても悲しくなった。とてもだ。
いままで知らずと父に照らされていた部分が真に真っ暗になった瞬間だったねあれは。
それが煙草をやめた翌年の初夏あたりだった。
夏真っ盛りのころ、私はそれまで自分が使っていた部屋から、父の使っていた部屋に引っ越した。
家の中の部屋から、家の中の部屋へと。だって、私の部屋、窓が無かったんだ・・・(爆笑)
父の部屋には素敵な窓があって、母が父の私物を段々と処分していく中、
ついでといったら変だけど、今度は私がそこへ移ることになった。
結局、父のものがなくなっても、私にとってそこは父の部屋のままでした。
そうこうするうちに、吸いたくなってしまったわけです。
夏は体がダメだった父も比較的元気で、父と私は碌な会話もなかったくせによくつるんでいた。
私と父の間にあったのは、たばことお菓子だった。今振り返ってみれば、互いの人生の中のいい季節でした。
私は、夏がきて、父がいなくて、たばこが吸いたくなってしまった。
ニコチンが欲しかったんじゃなくて、別の何かが欲しかった。
その別の何か。
未だに言葉では言い表し難いままだし、どんなにたばこを吸っても決して得られはしなかったけれど、
ヒントは煙草に隠されていたということだけは、確かでした。
生き続けてほしかったんでしょうね。
また帰ってきてほしかったんでしょうね。
無理だとわかっていた、たったそれだけのことを、一本のたばこにたくしていたんでしょうね。
もう3時じゃねえかあああああああああああ!!!!!!
寝る。
おばあちゃんといっしょに住んでます。
今年の8月に私は父を亡くしたんですが、その父方の祖母と。
親より先に死んだらなんて、みんなリアルに考えたことがないだろうけど、
おばあちゃんもつらかったろうが、父だってそれに負けず劣らず超絶つらかったと思います。
本当にお父さん、つらかった。つらい気持ちの、その百万倍がんばった。
最後の最後になって、父には本気で感動させられた。
私なんか、体が元気ないまだって、くじけまくって希望すら簡単に見失ってしまうというのに、
父はどんなに希望から引き離されようとも、その手足が持ち上がらなくなろうとも、意識が遠のこうとも、
最後の最後まで、守るべきものを守るそのためだけに、諦めようとはしなかった。
見ているこちらが不思議に思うほど、元気をもらうほど、その存在感は強烈でした。
本当にカッコイイ姿を一番最後に見せつけて、父は去った。
この二年、本当に、生死を賭けて戦う人を見つめながら、冷や汗交じりの毎日でした。
本当に疲れた。そして、本当に。やっぱり本当に疲れた。疲れました。
そして、本当に、人間にとって大切なことはなんなのか、考え、教わり、考え、また教わり、考え続ける毎日だった。
もちろん、たまに投げ出した。精神世界はたとえ自分でも深すぎる。
私は気持が小さいから、余計だ。自分に負けるなんて簡単なんです。脆弱な人間なんです。
結果として、何も言えることはないよ。
得たものが無かったわけじゃないよ。
言葉にできないだけだよ。
それはもう、ものすごい重大なものを、受け取ったよ。
それは、私の心の中に蓄積されている。
経験として、確実に私という人間をレベルアップさせてくれた。
ああ、こういうこともあるんだなと、たったそれだけのことなんだけど、
形にできないもの、言葉にできないものというのは、
形あるものや言葉で伝わるものを遥かに凌ぐ強烈さがあるものです。
親の死なんて、一生にそう何度もないよ。
本当に大きなものを失った。
そして、父は私たち家族のもとを去りつつ、本当に大きなものを与えていった。
腐りますよ、そりゃ。
それとこれとは話は別っていうくらい違う角度で、しかも多角的に、
それはもう数多くのプレッシャーやストレスを与えられ続けるのが人間社会です。
だけど、腐りながらも腐りきらず、何度も蘇る私の精神は私にとっても大きな宝だ。
生きている。
目が見える。
歩ける。
食事がうまい。
声が出る。
笑える。
泣ける。
怒れる。
失敗する。
成功する。
くじける。
やりとげる。
なげだす。
忘れてまた戻ってくる。
全部、どうでもいいんです。つまり、ありのままでいいんです。
最後には「ありのままでいい」と思えるから、また同じ立ち位置に戻って、私は私として生きていけるんです。
本当にどうでもいいよ。
私がガタガタ言うべきことじゃないなと、どんなに当事者でしかも被害者だろうがそう思う。
どんなにひどくとも、精々一日か二日あれば「勝手にさせとこう」と思えてきて、
どんなひどいことでもだいたい許せる。忘れる。また舞い戻る。
朝、会社に行くために17号線沿いを歩いていると、自分の不甲斐無さと父へのこいしさに涙が出たりした。
悲しいよねほんと。でも、そんな悲しみも、私をまっすぐ歩かせようとする力になって、私の背を押しているんです。
ほんとにね、腐りますよそりゃ。
でもね、毎日が宝です。
世界中に思いますよ。今日もありがとう、と。
敬老の日の次の日です、今日は。
父の四十九日です。霊から仏になった。
お父さん、どうもありがとう。
ここだけの話。
父が死んだあと、父とちょっと話した。
あの強烈なハグ、私は、生涯、忘れません。
本当にどうもありがとう。
私のお父さん、サイコーにカッコイイです。死して尚、自慢です。
どうだ、いいだろう!
は、私ですか? 私の気は確かです。
みなさんの両親はみなさんの自慢ですか?
みなさんの両親を育んだ、みなさんのおじいちゃんおばあちゃんもどうか大切に。
そして、敬老の日は彼岸の入りでした。
面倒くさがらずに墓参り行けよ。
私まだ行ってないけど。
次の休みに行くよ。
ここだけの話。
私、ご先祖さまにけっこう可愛がられてると思う。
お目にかかるご先祖さま、ほとんどニコニコしてるんだもん。
本当の話だよ。
墓参り行けよ。ほんっっっとに待っててくれてるから。
今年の8月に私は父を亡くしたんですが、その父方の祖母と。
親より先に死んだらなんて、みんなリアルに考えたことがないだろうけど、
おばあちゃんもつらかったろうが、父だってそれに負けず劣らず超絶つらかったと思います。
本当にお父さん、つらかった。つらい気持ちの、その百万倍がんばった。
最後の最後になって、父には本気で感動させられた。
私なんか、体が元気ないまだって、くじけまくって希望すら簡単に見失ってしまうというのに、
父はどんなに希望から引き離されようとも、その手足が持ち上がらなくなろうとも、意識が遠のこうとも、
最後の最後まで、守るべきものを守るそのためだけに、諦めようとはしなかった。
見ているこちらが不思議に思うほど、元気をもらうほど、その存在感は強烈でした。
本当にカッコイイ姿を一番最後に見せつけて、父は去った。
この二年、本当に、生死を賭けて戦う人を見つめながら、冷や汗交じりの毎日でした。
本当に疲れた。そして、本当に。やっぱり本当に疲れた。疲れました。
そして、本当に、人間にとって大切なことはなんなのか、考え、教わり、考え、また教わり、考え続ける毎日だった。
もちろん、たまに投げ出した。精神世界はたとえ自分でも深すぎる。
私は気持が小さいから、余計だ。自分に負けるなんて簡単なんです。脆弱な人間なんです。
結果として、何も言えることはないよ。
得たものが無かったわけじゃないよ。
言葉にできないだけだよ。
それはもう、ものすごい重大なものを、受け取ったよ。
それは、私の心の中に蓄積されている。
経験として、確実に私という人間をレベルアップさせてくれた。
ああ、こういうこともあるんだなと、たったそれだけのことなんだけど、
形にできないもの、言葉にできないものというのは、
形あるものや言葉で伝わるものを遥かに凌ぐ強烈さがあるものです。
親の死なんて、一生にそう何度もないよ。
本当に大きなものを失った。
そして、父は私たち家族のもとを去りつつ、本当に大きなものを与えていった。
腐りますよ、そりゃ。
それとこれとは話は別っていうくらい違う角度で、しかも多角的に、
それはもう数多くのプレッシャーやストレスを与えられ続けるのが人間社会です。
だけど、腐りながらも腐りきらず、何度も蘇る私の精神は私にとっても大きな宝だ。
生きている。
目が見える。
歩ける。
食事がうまい。
声が出る。
笑える。
泣ける。
怒れる。
失敗する。
成功する。
くじける。
やりとげる。
なげだす。
忘れてまた戻ってくる。
全部、どうでもいいんです。つまり、ありのままでいいんです。
最後には「ありのままでいい」と思えるから、また同じ立ち位置に戻って、私は私として生きていけるんです。
本当にどうでもいいよ。
私がガタガタ言うべきことじゃないなと、どんなに当事者でしかも被害者だろうがそう思う。
どんなにひどくとも、精々一日か二日あれば「勝手にさせとこう」と思えてきて、
どんなひどいことでもだいたい許せる。忘れる。また舞い戻る。
朝、会社に行くために17号線沿いを歩いていると、自分の不甲斐無さと父へのこいしさに涙が出たりした。
悲しいよねほんと。でも、そんな悲しみも、私をまっすぐ歩かせようとする力になって、私の背を押しているんです。
ほんとにね、腐りますよそりゃ。
でもね、毎日が宝です。
世界中に思いますよ。今日もありがとう、と。
敬老の日の次の日です、今日は。
父の四十九日です。霊から仏になった。
お父さん、どうもありがとう。
ここだけの話。
父が死んだあと、父とちょっと話した。
あの強烈なハグ、私は、生涯、忘れません。
本当にどうもありがとう。
私のお父さん、サイコーにカッコイイです。死して尚、自慢です。
どうだ、いいだろう!
は、私ですか? 私の気は確かです。
みなさんの両親はみなさんの自慢ですか?
みなさんの両親を育んだ、みなさんのおじいちゃんおばあちゃんもどうか大切に。
そして、敬老の日は彼岸の入りでした。
面倒くさがらずに墓参り行けよ。
私まだ行ってないけど。
次の休みに行くよ。
ここだけの話。
私、ご先祖さまにけっこう可愛がられてると思う。
お目にかかるご先祖さま、ほとんどニコニコしてるんだもん。
本当の話だよ。
墓参り行けよ。ほんっっっとに待っててくれてるから。