日本理化学工業大山会長の12/9讀賣新聞夕刊コラム
迷った時こそ、人の為に動く
多くの知的障害者が働く会社を経営していく中で、私はずっとそう考えてきました。
その思いが、回りまわって自分に贈りものを届けてくれる、ということを身をもって経験しました。1960年代半ばのことです。当時、都内に工場を構えていたのですが手狭になって生産が追いつかない状況でした。
そんな中、山口県のある自治体と北海道美唄市から、工場誘致の話が舞い込んできました。山口県には、会社の主力商品であるチョークの原料の産地がありました。原料の輸送コストを削減する事が可能となり、純粋にビジネスを考えればこちらの方でした。一方、美唄市の売りは知的障害者雇用に積極的な点でした。市の職員の方から、地域で障害者の働く場を確保することの難しさを訴えられました。
迷いました。でも、最終的には「世の為人の為」と思い、67年美唄市に工場を開設しました。
話はこれで終わりません。それから40年後。北海道庁から「ホタテの貝殻に含まれる炭酸カルシウムをチョークの材料に商品を開発しませんか」という誘いがきたのです。
当時、貝殻の廃棄が問題となっていたようで、研究機関を通じて商品開発して売り出してくれるというのです。
2005年に商品化しました。
新商品は書き味はなめらかで鮮明。会社の売上げも伸びました。
だれかのために頑張って働き続けているといつかご褒美として贈りものがある。今もそう信じて働いています。
