アッシは引越し大好きである。アメリカに来てからもう4回も引越しをしているのだ。そのたびに電話、TV、電気等の会社に契約解除、及び新規契約の手続きをしなければならない。面倒くさがりやの自分は昨年固定電話から携帯電話に変えた。これで引越しをしても番号は変わらないし手続きもしないで済む、と思ったのだ。


が、しかし。。。


今年の4月、今住むところに引っ越してきたのだが、なんと電波が届かなのである!!最悪~.......。しかたないからそのまま携帯は解約せず所持しているけど、ホントに面倒です。いちいち、電話をかけるために車で2~3分走らないと使えないのです。。。


それは我慢するとして、アッシの叔父さんが今、日本から出張でニューヨークにきている。母の話だと彼はアメリカに着いたらアッシの携帯に電話をすると言い残して日本を後にしたそうなのだ。アッシも彼と話がしたいし、時間があれば彼と会いたい。でも、それにはこの家にいてはいけないのだ!はたして、いつかかってくるか分からない電話のために可能な限り外をブラブラするのはバカげている。でもこの際、彼の電話を受ける方法はこれぐらいしかない。。。


ということで、はてしないブラブラの旅に出かけてきます。。。。トホホ。。。

”留学適齢期”。少しおかしな言葉をつくってみました。アッシは1972年、8月5日生まれの32歳。でもなぜか現在、花の”大学生アンド留学生”。ん~、かなりアウトロー(笑)。。。ほとんどの留学生はアッシより10歳以上若いハズである。


もう随分前ですが、日本人留学生の女の子と誕生日について会話している時のこと。彼女の誕生日がナント自分の誕生日と同じだったのです。ただし、10年後(1982年)の8月5日だけど。。。お互いびっくりしながらも、なぜか本当かどうか確認するため免許証を見せ合うのでした(笑)。そこまでは良かったのですが、すかさず彼女の鋭い一撃


”じゃ~、ejさん(オレ)が10歳のお誕生日祝をしているとき私が生まれたのね。”


アッシは心の底で、”オレだって好きでアンタより10歳年上なわけじゃないワイ。。。キミに迷惑でもかけたのかいな。。。い~さ、い~さどうせオレなんか。。。”と、こみ上げる涙を必死にこらえるのでした(笑)。。。


高校卒業後、すぐに留学されている方々のことを時々羨ましく思います(ホントに)。でも、自分の場合ですがもし18,9歳で留学していたら、はたしてどうだっただろう。。。短気で厭きっぽく、忍耐力などまるでなかったあの頃。。多分、ドロップアウトの確率、85%以上これは間違いなかったと思うのである(笑)。


オートバイレース、社会で働いた経験、そしてたくさんの人との出会い。それらが今の留学生活に与える影響はすごく大きいと思います。10年前の自分では我慢できないことでも、今ではそれができるというようなことが日常よくあると思います。逆にいうと、今留学されている10代、20代前半の方々、ほんとにその若さでよくやっているなぁ、と感心するのです。あなた方はスゴイ!


で、今日の結論。:

”留学適齢期”はその人により大いに異なる。

”今が留学する絶好の時”と思う時に留学すべし。

”留学”は志を考慮し、年齢を考慮せず。


今日は、柄にもなくちょっと立派なコトを書いてしまいました(笑)。



アッシのベストフレンドであるジェフが来月結婚式を挙げる。ゲストはほとんどが身内だとのことなのですが、アッシも招待されたのである。まぁ、考えてみればアッシも身内みたいなものか~、などと勝手に解釈しているのである(笑)。

アメリカでの結婚式に出席するのは初めてなのですが、今からどんな料理を堪能できるか楽しみにしています!もちろん、ワイン好きのアッシはそちらのほうも美味しくいただいてきたいと思います(笑)。こんな自分でホントにゴメンな、我が友ジェフよ。。。でも、結婚できてホントによかったね!オメデトウ!!

今、通っている州立大学には2004年1月にコミュ二ティーカレッジ卒業後、トランスファしてきたのですが、以来、日本人留学生はこの学校でアッシ一人です(ん~、シブい!)。アジアからの留学生もあまりいません。そんな中、先学期アート系の授業を2つとったのですが、ナント2つの授業共、教授が日系アメリカ人だったのです。


一人はジョニー教授(ラストネームは難しいのでファーストネームで)で、アメリカで生まれ大学院は日本の大学院へ留学されたそうです。彼女のお母さんは戦時中、ナントあのマッカーサー元帥の通訳をされていたそうです。


もう一人はミハル教授(こちらも親しみを込め、ファーストネームで!)で福岡で生まれ10歳の時、家族と共にアメリカへ移住されたそうです。彼女はもうアメリカに40年以上住んでいるのですが日本語はもうほとんど話せないそうです。これを聞いて、アッシは少し驚きました。10歳の時、逆に彼女は英語をまったく話せず苦労したそうなのですが、今では逆さまになってしまったというわけです。


ん~........、言語とはマコトに分からないものである。。。ジョニー教授のほうは両親は流暢な日本語を話すそうなのですが、彼女は日本語が苦手だそうです(というよりほとんど忘れてしまったそうです)。結局、一度も日本語で彼女たちと会話をしたことはありませんでしたが、それでもお互いにすごく親近感をもつことができました。やはり、生まれた国や育った背景は違っても、”日本”という共通のバックグラウンドがお互いの距離をグンと縮めてくれるのですね!


PS ミハル教授:学期中にいただいた日本食の数々、本当にありがとうございました。一生忘れません!

昨日、コミュニィティーサービスの一環としてESLクラスでTutorのボランティアをしてきました。Tutorといってもそれらしきことは何もしなかってのですが。。。でも久しぶりにESLの授業風景をみて約4年前に初めてアメリカに来た時の自分を思い出しました。今でも英語で苦労することはありますが、当時に比べればはるかにラクになりました。ESLの授業を受けていた当時、クラスでは留学生にやさしい内容だったのですが、授業以外で実際にアメリカ人と話すと会話の速さについていけず悔しい思いをしていました。。。お~と、話を戻すと昨日のクラスの学生たちはやはり南米からの人たちが多く、あの独特の”ノリノリモード”も懐かしかったです。一人ずつ前にでて自己紹介をしたのですが、アッシが前にでて話しているとき、ブラジルから来ている女の子に質問されました、”日本人の男性は金髪の女性が好きなのですよね?!”。ただでさえ前にでて緊張しているのに、もうホント冷や汗ものでした。。。とりあえず、ん~、まぁ、人によりけりではないでしょうか....。”と答えるのが精一杯でした。。。笑い声が絶えないし、まるでパーティーにでも来ているのではと思わせるあの雰囲気は最高です。逆に、東欧からの人たちもいたのですがすごくおとなしく、やはり国民性というもを感じさせられました。アッシはというと.......、ひたすら笑顔をふりまいているのでありました。。。(笑)