こんにちは、エイトレの古賀です。

昨日は臨時休業でしたので、
ブログをお休みしました。


さて、最近のニュースで学校の先生の早期退職が問題になっていますよね。

こうしたとき、問題の本質はどこにあるかを考えなければと思います。


国家公務員の退職金制度の改正に合わせて、
地方公務員も合わせるようになったわけです。

その制度に合わせて、すぐに対応した都府県もあれば、
調整をしながら(周りの様子を見ながら)、
この時期にした自治体もあるわけです。


さて、今回問題になった理由のひとつは、
この学年末を控えているこの時期に早期退職
してしまうからですね。

そもそも、この時期に施行するとなれば、
そうした問題が起こることや、
メディアの格好の的になってしまうことは、
だいたい予想が付くのではないでしょうか?


どこの県知事さんだったかな??

それでもこの時期に施行した理由には、
税金の支出削減を目的にしているので、
少しでも早く施行しなければ無駄使いだ!
という国民の声がある、
というのだ。

別にこれが間違っているとは言いませんよ。


ただ、ここで感じたいことは、
誰が何を正義とするか??
の違いでしょうね。


そして、
その正義によって、
誰が何を手にするか?
ってことです。


先生が職務放棄して、
高額の退職金を手にする?


いや、違うでしょ?
そもそも手にすることが出来るものを手にして何が悪いのか?
当然の権利だと思うのです。


ここでテレビで取り上げているのは、
先生(警察官も同じ)という
志が根底にある職業なのだから
特に担任を持っている先生は
150万円くらい退職金は減るけれども、
教員を続けるという選択をして欲しい!?

と言っている方々(特に県知事や議員)の感覚に問題があると思うのです。


それが正義だとばかりの主張には違和感があるのです。


それって、サービス残業を強いる精神と似ているのではないかと思うのです。

私は
職業感=個人の責任感
というように、
履き違えてはならない
と思うのです。


県知事や議員は職業観を全面にして不快感を表明しますが、
それはそうしたルールを作った組織の問題であり、
個人はその組織のルールの中で与えられた裁量を
自由に行使できるものでなければと思うのです。


今回、正義を振りかざして、誰が何を手にしているのか?
その裏に、誰がどのような犠牲を強いられるか?


先生なのだから最後まで勤めましょう!
と正義を振りかざしながら、
誰かが何かを得ているんですよ。


私が思うのは、
そもそも、別の都府県では早期施行をしているわけです。
だったら、この時期ではなく、もっと早く施行をすれば良かったわけです。
それがずれ込んでしまった理由に矛先が向くべきです。
それを回避させるように、この時期にしたようにも思うのです。


また、
これまで志し高く頑張ってきた先生方が、
個人の収入150万円もの犠牲を強いられる・・・
もらって当然のものをもらうことへの罪悪感・・・
そもそも、持たなくていい感情ではないでしょうか?


今回の問題は、何が問題なのでしょうね。

あたかも正義というように見えていることは、
本当に正義なのでしょうか?


◆編集後記◆
昨日は私事都合で臨時休業にしました。

本当に私にはフリーランスという働き方が合っているなと思います。

変なしがらみもなく、退職金規定や就業規則もありませんからね(笑)

その分、秀でた仕事が出来なければなりませんし、強い自分でなければなりませんが。

もっと自分の感性や能力を高めて、
周囲に振り回されることない、
自由な人生を送りたいと思います。