この気持ちをなんと言おう。

まだ自分が知ることのないであろう未来。それがもう目の前まできている。それだけはわかる気がする。

なにか取り止めのない思いを口にしてみるものの、それが誰かに届くわけもなく、1人ベットの上で黙々と紙に刷られた文字の羅列に目を通していく毎日。

日々の中に違いを見出したい。そんな僕の淡い試みは北陸の冬には抗うことすらできなかった。

言葉とは儚いもので、こうして不特定多数の人々が閲覧することが可能な媒体を通していても、自分の思いが誰かに伝わっているのかすら分からないのが現実である。

人に自分を理解してほしいと思う傍ら、本当の自分は誰にも知られたくないと思う、人間として最も必要ない思考が巡り巡っている。なんと面倒くさい生き物なのだろうか。

この気持ちをなんと言おう。

未来が恐ろしい。自分が生まれた瞬間は過去の話であり、死ぬ瞬間は未来の話である。分かりきったことだが、時々、分からなくなる。今、この瞬間は自分が死んでいる瞬間なのか考えてしまうことがある。「今」とはなんなのか。

日々の中に違いを見出すこととは、即ち、今自分が生きていることを実感することなのかもしれない。何かに夢中になる瞬間もまた、生きていることなのだ。果たして、私は今、生きているのだろうか。

追伸  気が向いたら喋ります。