私の体調は顕著に変化していき、それまでの生活とは全く異なるものとなっていった。

食生活も例外ではなく、体力を余す昼間の生活を終え両親と共に夕食の食卓に向き合うものの、食事を残してしまうことが少々ある。食されることのなかった母親の料理を目の前にした時、僕は自己嫌悪に苛まれる。

心は正直だ。辛いと思えば辛い。しかしながら、辛いと思うことを恥ずかしいと思うのも心である。他人と比較してしまう。それは他人への憧れでありまた、自分への期待の鞭なのかもしれない。それを感じた時、僕は自分が嫌いになる。

このような日々を送ることになり、僕は今まで自分の心の声を聞いてやらなかったことに気がついた。心は僕の肉体に気がついて欲しくて今この倦怠感を持って僕に訴えかけているのだろうと推測する。我ながら上手く出来た身体の摂理だと思う。

後どれだけこのような日々を過ごすのだろうか。それは誰にもわからないだろうがそれは即ち、今は誰も知らなくていいことなのだと思う。辛くなった時に立ち止まる勇気とやらを僕は纏わなければならなかった。