えいすけ通信Vol 3 | 吹田市議会議員 藤木えいすけの想い

以前に問題になった事がありますが、学校の運動会で全員が手をつないでゴールしたり、競技の順位をつけない等、学校内平等主義が蔓延している現実があります。学校の常識は社会の非常識と揶揄される事もあります。2006.12.24付読売新聞の記事に以下のような論評がありましたのでご紹介します。「教育の劣化をもたらした原因はなにか。その一つは過去半世紀にわたり教育現場を覆ってきた反体制的な気風をあげないわけにはいけない。例えば教員組合は東西冷戦の中で大勢として社会主義陣営に傾斜し、自由主義体制や権威の全てを否定してきた。国家と歴史、民族と文化をおとしめ、  国旗・国歌を拒否し、挙句の果ては両親への敬慕、教師間の礼節まで含めたあらゆる伝統的価値に背を向け続けた。教師自らが校内の規律と秩序を乱し、政治ストライキに参加して生徒の目をはばかることがなかったのである。その姿を見続けた生徒達が規範意識の喪失に陥るのは自然の趨勢だった。自己中心的な親達も、自制心の乏しい若者も、そのような土壌の産物である。より高位の権威を教師が軽んずれば、児童はもっとも身近な権威である教師を否定する事でそれを見習う。教員組合は天に向かってツバを吐いたのである。かつて学校は少年に志を与え、人生の動機を見いだせる場所であった。それぞれの生徒がもつ生来の才能は、その方向、程度において各人各様である。あらゆる局面で競い合い、しのぎあって初めてそれが当人の自己認識となり各人各様の志、すなわち実現可能な夢が形成されうる。ところが、数十年にもわたって教育界を覆った形式的平等主義は学校の担ってきたその機能を破壊し去った。実社会は競争と優勝劣敗の世界である。自己認識と動機を持たず実社会に放り出された若者が社会的適応に困難を覚えるのは、事の必然である。家庭から実社会の踏み石としての学校を蘇生させなければならない。」 吹田におきましても記事の中にあるような傾向が見られますので改革していくべき問題と認識し、前向きな議論をしていかなくてはいけないと思います。