千里第三小学校の入学式へ。
毎年ながら、かわいいですね。おめでとう。
校門前では共産党一派が一人でビラまき(笑)
御苦労なことで・・・
先月の橋下メールを・・・
-----Original Message-----
From: 橋下徹
Sent: Thursday, March 18, 2010 9:51 AM
Subject: 卒業式・入学式の国歌斉唱起立問題
先日府教委が,国家斉唱の際の起立問題について,反対教員に職務命令を出したとの報道を見ました。
府教委の毅然たる態度,感謝申し上げます。
教員は教えるプロであり,権力チェックをすることが使命ではありません。
戦後のドタバタ期ならともかく,現代日本社会においては,メディアによる権力チェックは世界の中でも類をみないほど機能しております。
そして報道の自由の徹底により,政治家の行動は,有権者に逐一報じられ,選挙による審判を受けます。
政権交代も起こる日本となりました。
教員が個人として政治活動をするのは自由でしょうが,職場である教育現場で政治活動をすることは言語道断です。
そして組織というものを意識してもらわなければなりません。
教員も組織の一員です。
決定権者ではありません。
民主主義で重要なことはポジションとパートです。
決定したいのであれば,民主的なプロセスに従って決定権者になるべきです。
自由のはき違えは,それこそ子どもたちにとって悪影響です。
国家斉唱の際の起立は,当然のマナー,ルール。
国際社会におけるマナーです。
ルールがとんでもなく不合理であれば,そのルール自体が無効となりますが,世の中では,国家斉唱の際に皆起立していることを反対
教員はどう考えているのでしょうか?
もし自分の政治信条があるのなら,まず公立の教員を辞めるべきです。
世間に出て,私学でもいいし,民間の会社でもいいので勤めて,国家や社歌等を歌うときに起立したくないと言ったらどうなるか?
嫌なら辞めたら?,の一言で終わりです。
それが世間です。
世間の常識から乖離することは危険です。
学力調査テストの問題でも,教育現場と世間の感覚が完全に乖離しています。
保護者は子どもの学力向上を願う,そのために,公立の小中が頼りないので,塾などに通わす。
ここで経済的な格差が生じてしまう。
塾なんかに行かせなくても,小中で大丈夫!!という学校を保護者は望んでいます。
もちろん,保護者にも責任があり,教員が頑張れる環境を整えなければなりませんが。
そういう方向性を示すことが政治です。
このように世間常識となっているルールを,個人の思想等で守らないことを教育の現場で許すなら,それこそ子どもたちにルールなど
強制することはできなくなります。
宿題をしない自由,遅刻する自由,欠席する自由・・・・
反対教員は,起立しないことで他人に迷惑をかけないと屁理屈を言うかもしれません。
しかし,規律というのは,単純な他者加害規制ではありません。
さらに,他人に迷惑をかけないからなんていうバカな主張を許すと,生徒のありとあらゆる自由を認めることになってしまいます。
飲酒その他の自由まで。
いずれにせよ,教育現場で,決められたルール,マナーを守らないというのは最低の行為です。
政治的な活動は,政治家の仕事であり,教員の仕事ではありません。
国歌の斉唱の際に起立すべきかどうかは,民意を受けた政治家が判断します。
反対教員がそれに対して意見を言いたいのであれば,職場を離れたところで,政治活動をすべきです。
権力者崇拝を阻止するため,教育の政治化を阻止するため制度化された教育委員会制度は,教員にありとあらゆる自由を認めたものではありません。
国歌斉唱の際の起立は,世の中,どこにおいても,皆起立します。
それが常識です。
これを無視する教員の態度振る舞いは許せません。
これから卒業式,入学式シーズンを迎えます。
公務員組織,教員組織も,当り前の組織にならなければなりません。
強度な身分保障があるがゆえに,世の中の常識を逸脱する自由が横行する危険があります。
そこは正さなければなりません。
府教委の理念に基づく,毅然たる態度を強く求めます。
橋下

