【寓話 お金は副産物】
とある街に一人の青年が居た。彼はパンを作るのが大好きで、自分が作ったパンを人々が美味しそうに食べてくれることに幸せを感じていた。
ある時青年は思い立つ。
(自分が作ったパンで人々を笑顔にしていきたい。そしてそれを生業にして生活の基盤を整えたい)
青年は考える。どうすれば自分のお店を立ち上げ、そこで収入を得ることが出来るのかと。
しかし考えれば考える程話が難しくなっていき、それに比例する様に物事は進まなくなっていった。若干の焦りを抱えつつも思考を巡らせていく中で青年はふと思った。
(何だか話が難しくなってきちゃいないか?お金を得ようって考え始めてからどうにもおかしいぞ)
最初は自分のパンで親しい人たちが笑顔になってくれたらそれで満足だったのに、お金を得る事を考慮し始めてからどうにも気が乗らなくなってきてしまった。
困り果てた青年は街はずれの小高い丘に住む老人の元を訪ねることにした。
小高い丘の上には小さな木造の家があり、ここには老人が一人で住んでいる。家の周りには多様な植物が生い茂り、季節によってその衣を変えて見る者たちを楽しませている。今は丁度衣替えの季節であり、小さな新芽たちが日の光を沢山浴びて伸び伸びと育っているところだ。
少し冷たい風の中に春の兆しを感じながら家の扉に向かうと、小窓越しに先客が居ることに気がついた。
会話の邪魔にならない様、そっと中の様子を伺うとそこには若い娘が居り、自身の大切な話を老人に打ち明けているようだった。
(邪魔しちゃ悪いな)
娘の意識を阻害しない為にそっと窓辺を離れ、話が終わるまで老人の庭で待たせてもらおうと考えていると、離れる間際に老人と目が合った。
老人は娘の話を聴きつつも青年に眼差しを向け、片目を瞑って後程青年の話を聞くこと了承した。
小さな木造の家の裏に周ると、少し大きな池が広がっていた。水は池の底が見える程透き通っており、対岸には鹿の親子が池の水を飲みに来ているのが見えた。
娘の話が終わるまでの間、青年は池のほとりを散歩しながら相談する内容を整理した。
(自分の好きなことでお金を得ることに抵抗がある。お金は副産物であって主要な目的ではない。しかしお金を得ないことには生活が成り立たないのもまた事実だ。気がつけばお金を稼ぐことばかり考えてしまっていて、自分でもどうすれば良いのか分からない)
改めて整理してみると、なんとも言い難い行き詰まり感が青年の胸の中に広がった。輝く太陽が灌木の葉を一枚一枚優しく撫でつけ、池の水面を幾何学模様の如く彩って魅せても、視線は足元に向けられ眉間には皺が寄っていた。
少しして青年は考えることを辞めた。この状態で考え続けても良いアイディアが浮かんでくるとは思えなかったからだ。
池の辺りに座り、ぼーっと水面を眺めているとふつふつと想いが浮かんできた。
(そういえばこんな風にぼーっとするのも久しぶりだなぁ)
ここ最近は準備をするにあたって色々な考えが頭を駆け巡って落ち着く暇がなかったことに気がついた。
ふーっと一息ついて世界を見つめてみると、外の世界がすごく明るいことに気がついた。同時に自分の考えが凝り固まっていることにも気がついた。
小鳥の歌声が宙に溶けて空高く舞い上がる。彼女らの声と共に風が花粉と露を青年へと運んできた。
「あの子達はなんて自由に羽ばたくのだろうか」
色彩と音色が青年の心を養い、瞳に光を灯らせ彼の心を震わせた。
時を同じくして、軽快な音を立てて木造の扉が開き、娘と老人の声が聞こえてきた。
青年はゆっくりと立ち上がり、一度伸びを入れてから庭を抜けて玄関へと向かった。
扉の前で娘は頻りに頭を下げて老人に感謝の意を伝えていた。娘の様子に「そんなに畏まらなくても」と、老人は頬を掻き目尻を下げていた。
青年がどのタイミングで声をかけるか様子を伺っていると、娘が青年の存在に気づいた。
娘は視線を地面へと向け「今日は本当にありがとうございました」と、最後の礼を老人に口にして足早にその場を去っていった。
「彼女はどうして急に去っていったのですか?」
「ふむ、もしかしたら日の光が眩しすぎたのかもしれないのぉ」
老人は口に蓄えた顎鬚を撫でながら小屋の中へと入っていった。彼の後を追うように青年も中へと入っていった。
木造の小屋の中は檜の優しい香りが漂っており、暖を取っていないのにも関わらずとても暖かく感じた。
続く