【とにかく歩いた】







 「おっす」
 「久しぶり」

 男は片手を上げて素気なく挨拶をする。女は愛嬌のある笑みで久しぶりの再会を祝った。どちらともなく歩き始め、目的地を決めずに街を練り歩いた。

 「そういえば髪の毛切ったんだね」
 「パーマかけてみたんだけど、どう?似合う?」
 「良いと思うよ」

 思えば、この男は会う度に何かしら変化している。髪型に関していえば毎回違う。髪型を見ればおおよその彼の心境をみてとれた。パーマを当てている……察するに彼は色目つけたい相手でも居るのだろう。

 「久しぶりだよな。1年ぶりくらいか?」
 「もうそんなに経つんだね。前回も今日と同じくらいの気温だったし丁度1年くらいかな」
 「そうかぁ早いもんだな。どう?最近なんかあった?」



 1年に1度、彼らは自分達が住む街を散歩する。夜の街は程良い静けさと非日常を味あわせてくれる不思議な時間帯であり、そんな街を歩きながら互いの近況を報告し合いどんな1年を過ごしてきたのか話していく。
 聞けば男はもうすぐバイトを辞めるらしい。女は周囲の就活への意欲の高さについていけてない様だった。

 「バイト辞めるんだね」
 「あぁ、そうね。辞めることにしたわ。割と満足した」
 「3年だっけ?」
 「あぁ、3年。俺にしては続いた方だよな」
 「たしかに。会社勤めしてた頃はどれくらい続いてたっけ?」
 「あー、半年」
 「続いたね〜」

 あまりの短さと懐かしさに二人は声を出して笑った。工業高校特権の就職確定チケットというプレミアチケットを使って入社した会社を、彼は半年という短い期間で見切りをつけて辞めた。その時も親や友人に報告するより先に男は女に話した。その日は仕事について話しながら夜の街を歩きまわったものだ。

 「懐かしいわ。あの頃、家と会社の行き来がすりおろし大根そのものでさ、通勤電車が囚人の護送車みたいだったもんなぁ」
 「そうだったんだ。私に連絡くれた時は元気そうだったけど?」
 「辞める決断したその日に、辞める旨を上司に伝えたからハイになってたんだよ」
 「何て言って辞めたんだっけ?」
 「『俺はネジを回すために生まれたんじゃねぇ』」
 「名言だね」
 「使って良いぞ」

 「高卒上がりの若輩者が言う名言」という響きがおかしくてまた二人して笑った。たしかにその通りなのだがなんとも含蓄のない言葉だ。それがまたおかしくて笑った。男の過去を軽く振り返り「はぁ、就活したくないなぁ」と、女は迫りくる億劫な現実に本音を吐露した。

 「もうそんな時期か。大学の同期とかどうしてんの?」
 「皆んな内定もらったりしてる。私はまだ一社も受けてない」
 「ほーん、そいつぁちょい焦るね」

 思えば、女は進路というものに対してどう動いて良いのか決めかねてる節がある。高校や大学受験の時も「行きたい」や「やりたい」といった動機がどうにも希薄というか、自分でも分からない違和感を抱いていて動きかねているようだった。
 繊細な感性を持っているが故に自身の心の機微を敏感に感じている。だからこそ広げられた選択肢の中に自分の最善が無いことを無意識に感じているのだろう。



 そんなこんなで互いの近況を報告しあっているうちに、今日は「進路」をテーマに話すことになった。将来に対する様々な想いを互いに打ち明けることによって何を感じ考えているのか触れていく。それは自身が相手に抱くイメージを、己の中で擦り合わせていく様でもあった。



 進路、主に仕事についての話をしていく中で、「働く上での条件」を話す流れになった。女は「在宅が良い」と言う。と、言うのも彼女は高校から大学の現在に至るまで変な男に絡まれ続けていた。色んな輩が居たが話を聞くに、輩には関連性というか共通点があった。簡単にいえば「メンヘラ」という点である。
 彼女は人当たりがよく不思議な感性の持ち主であり、話していて癒されるので人々を惹きつけやすい。基本的にはどんな人に対しても一貫して同じ姿勢で接する為、変な輩たちは「自分に優しくしてくれる唯一の子」といった具合に勘違いしやすいのだ。勘違いしたメンヘラ達に散々苦労をかけられ、それ故対人に辟易しており職場での安寧を願って在宅を好んでいる。



 男は高校大学時代の面倒な事件を聞いていたので、「そりゃそうだよな」と納得した。
 ふと、気になることがあった。これまで色々な話をしてきてはいたが意外とパーソナルな部分には互いに踏み込んでこなかった。それよりも互いの近況や昔話であっという間に時間が過ぎてしまっていたからなんやかんやで聞く機会が少なかったからである。



 「そーいえばさ、やってみたい業種とかあんの?」
 「業種?うーん、理系の大学通ってるしシステムエンジニアとかになろうかなって思ってるよ」
 「まぁそりゃ大学で学んでること活かしたいわな。じゃあさ、自分が今持ってる条件とか全部取っ払ってそういうの無しにして考えた時、やってみたい職業とかある?」
 「どういうこと?」
 「資格とか学力、その他諸々のステータス全部抜きにして『何でもやって良いよ』って言われたら何やってみたい?」

 女はしばし考える。今ままで流れるように生きてきただけあってそういう事は考えてこなかった。もしかしたら考えないようにしているだけだったのかもしれないが、今は聞かれたことに答えるべく自身の内に意識を向けた。

 考える彼女を見て、「人に聞く時はまず自分の意見を述べた方が良い」というどこかで誰かが言ってたことを男は思い出し、まずは自分の意見を述べることにした。

 「俺がもし『何でもやって良いよ』って言われたら『ハリウッド・スター』か『教師』を選ぶね」
 「え!意外だね!」

 女は心底驚いた顔をした。これまでこの男とは色々な話をしてきたが、男の趣味趣向や将来の夢といったことは意外と聞いてこなかった。それだけに男がそういうものに憧れを抱いていることに驚いた。

 「どうして『ハリウッド・スター』や『教師』になりたいの?」
 「俺さ、外国の映画とか好きなのよ。特にジュラシックワールド。邦画も良いけどもし俳優として出るなら海外の方が好き何だよね。クサイセリフでも絵になるじゃん?教師になりたい理由は…………そうだなぁ、俺って結構人の面倒みたり教えたりするの好きなんだよ。『育む』ってのかな?人の成長に携わりたいってか、その助けになれたら良いなって前から思ってたんよ。ただまぁ学力はお察しの通りで無理だけど『何でもやって良い』って話なら『教師』とか良いなぁって思う」

 男の答えを聞いて女の内側で意識が巡る。「そういう感じかぁ」再度女は自分のうちで答えを探し出した。
 















 「何でもやって良い」


 









 資格やステータスその他諸々の条件全て取っ払った時、自分は何をやってみたいか?















 「私は『歌手」とか『保険室の先生』になってみたいかな」

 「へぇー!そうなんだ!」女の意外な答えを聞いて男のトーンが一段高くなる。数学が好きで大学も理系を選んだ彼女から、そういった…………どちらかといえば「文系味」を感じる答えに男は興味を抱いた。

 「何で『歌手』とか『保健室の先生』なんだ?」
 「何だろう。今の自分だったら絶対に『選ばない』からかな?歌は好きだし歌手に対して憧れもあるけど、なんて言うんだろう…………今の自分だったら絶対に選ばない。『選べない』からだと思う」

 「保健室の先生も同じ理由かな?」少しだけ名残惜しそうにしながら自身の想いを口にしていた。彼女の答えを聞いて男の中で点と点が繋がった様にストンと腑に落ちるものがった。



 「なんか俺凄い納得したわ。お前はさ、その二つを選べないって言うけど、俺からしたらどっちもすんごい適性あると思うわ」

 一人納得し、徐々に興奮してくる男に「どうしてそう思うの?」と、女は真意を問た。

 「だってさ、お前と話してると皆んな癒されるじゃん!それって外傷だけじゃなく心まで癒せるってことだから保健室の先生やったら凄い良い先生になれそうじゃない?クラスに馴染めなくて保健室に通う子とかも安心出来るっつーか。人のこと癒せるって才能だと思う」

 男の屈託のない笑みに気恥ずかしさを覚えつつも、自分の一面を知れたことに女も自然と笑みが溢れた。





 「人を癒す」





 何気ない言葉だが案外難しい事だと思う。人の心は繊細で何がきっかけになるか分からないから自分の手には負えない。そう思っていたけど、それでも私はそれをやってみたいと思っている。そんな意外な一面が自分にあることに、驚きと発見の喜びがあった。





















 「自分を識る」









 互いに意見を交換しあうことで忘れてしまっている自分を思い出せる気がした。相手に問いかけているようでその実自分に問いかけているようでもある。








 自分達の街を夜な夜なのんびりと練り歩く。月明かりと街灯が安心感をもたらして、夜の街に偏在する恐怖を根こそぎ包み込んでくれる。アテもなく自分達の街を歩くことによって今まで知らなかったことが増えていった。








 普段通る道の見落としていたお店や、全く来たことの無い場所。見知った場所や慣れた道の中にも新鮮な発見と驚きがあり、互いへの問いかけが自己理解を深めていく。









 街を歩いているのだが、どこか不思議な感覚に包まれるそんな空間を二人は歩いていく。時間も多忙な日々も忘れて自己探求の旅路を二人は歩いていく。











 「今日もたくさん歩いたね」










 心地良い疲労感が二人を夢の世界へ招待していた。今日の気づきを忘れぬようしっかりと胸に抱きしめて、新しい世界を思い描く。












 明日はきっと良い日になる。









 そんな予感に心を震わせて二人は別れの言葉を口にする。


 










 「今日も」













 「「とにかく歩いた」」









 















 以上、創造の種第2話「とにかく歩いた」でした。

 街を歩いていると「あ!こんなところあったんだ!」「意外と見落としてるもんだなぁ」って驚きや発見があると思うんですけど、それって自分自身にも言える事だと個人的には思っていまして、人と話してるとその人の意外な一面を知れて驚いたり、人の体験談を聞いてるうちに「自分はどんなだっけな?」って照らし合わせるように自分の内面を見つめたり……………。

 街中の発見と自己探求の発見とちょっぴり似てるなっていう、そんな掛かってるような掛かっていないような、そんな物語でした(笑)

 これを小説にするってなるとどんな物語になっていくのか分からないですけど、皆さんに「インスピレーション」を呼び起こす事が出来ましたら「種」の段階ではありますが嬉しく思います(笑)




 いつか小説化することを目指して今後も書き続けたいと思います!本日も読んでいただきありがとうございました。また次回もお楽しみに👋











 








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