(つづき)
「スキップとローファー」 「正反対な君と僕」といったマンガを読むと「ああ、共学っていいなあ」としみじみ思うのですが、これはマンガですからね。全部の共学校があんなわけないですしね。(と自分に言い聞かせてます)
妻は共学校出身で、「モテまくりの青春だった。なんならおニャン子になれた」などと豪語していて、妄想癖の悪化を心配しているのですが、その妻も「共学は楽しいけど、モテないとそれはそれで大変よ」とアドバイスなのかマウンティングなのか分からないことを息子に言っていました。
さらに「あと、うちの学校は私服だったから、女子の目を気にして、男子はみんなオシャレにお金かけてて大変そうだったよ。服なんて大して見てないっての!」とたたみかける始末。(見てあげてよ!みんなバイトして丸井とかで無理して買ってたんだから!)
話戻しまして。
私の方は、モテないけれど充実した高校生活を終え、スルッと大学生になりました。ビバ附属。
附属上がりの友達も周りにいて、一緒にサークルに入って新歓コンパに行ったり、また、アルバイトも始めたり、成人式で地元の友達と再会したりと、女の子と話す機会も高校の頃から比べれば劇的に増えました。
私の高校時代はもちろんインターネットなどなく、情報源といえば「ホットドッグプレス」というこじらせ高校生が読む雑誌(偏見アリ)ぐらいしかなかったので、「男を常に値踏みする女」ばかりが世の中にいるという偏ったイメージができていました。(おそらく北○謙○とバブル経済のせい)
それが原因で、女性を前にすると緊張してうまく話せなかったんだと思います。でも、大学に入ってみて、実際はそんな女性はほとんどいないことが分かってホッとしました。
それどころか女神のようにすべてを受け入れてくれる女性も世の中には存在することも知りました。(が、そういう女性の方が実は怖いということも後々痛い目にあって知るわけですが)
大卒後も特にモテ期があったわけではないのですが、ある日、たった一本降りてきた蜘蛛の糸をカール・ルイスよりも速くよじ登って結婚して今に至ります。
そんな「カンダタもびっくり」の私の経験から申し上げますと、男子校は確かにカノジョはできにくい環境です。
しかしそれはそれで「幼虫期間」だと思えば良いのです。はらぺこあおむしのようにがむしゃらにたくさん食べていればいいんです。モテを忘れ、好きなことに没頭すればいいんです。
そして「大学生」という「さなぎ期間」では、今までに吸収したもの、新しく吸収したものをしっかり消化して、じっくり寝かせて熟成させればいいんです。
そして「蝶」になって社会へと羽ばたいて、自由に相手を見つければいいんです。
ただ、今や結婚が幸せの条件とは限りませんし、ましてや人生のゴールでもありませんし、お一人様で楽しめることも爆発的に増え、また社会的にも認知されています。
「幸せになるための選択肢」は私の頃と比べれば爆発的に増え、しかも気兼ねなくそれらを選択できる社会になっていると感じます。
だから、安心して好きな学校に行け!
おまえの幸せを決めるのは学校の種類なんかじゃなく、自分自身なんだから。
(すみません、本当は北○謙○さん、好きなんです)