太陽の子 | アメンボ*アメンボ

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太陽の子 (角川文庫)/灰谷 健次郎
¥680
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積読になっていた1冊。
「硫黄島からの手紙」を見た後、なんとなく手に取った。



面白かったです。
主人公が小学生の女の子ってところで、あんまり気乗りはしてませんでしたが、
前半の陽気な雰囲気に反して、後半沖縄の悲しみがあふれ出てくるに至って、胸が痛くなりました。



舞台は昭和50年ごろの神戸。
主人公は、小学5年生の女子ふうちゃん。
家は「てだのふあ・おきなわ亭」という沖縄料理の店を営んでいる。
おかあさんがお店をきりもりしてるが、おとうさんは過去の沖縄の戦争で心に傷を負っている。
てだのふあ・おきなわ亭に集まるのは沖縄にゆかりのある人がほとんど。
神戸の街、11歳の少女ふうちゃんの目を通して沖縄が描かれる。



さてこの小説、初版が、昭和53年刊行。
舞台となる神戸もその頃の話であろう。
今から30年前である。
まだ身近に戦争が残っていたのだろうと思う。

僕は沖縄に行った事が無い。
日本と言う国の一部とはいえ、どこか日本とは違うような感じのする沖縄。
その意味が少しだけ解ったような気がした。



こないだの「硫黄島・・・」のレビューに書いた
「自分の襟を云々」ちゅう言葉がちょっと恥ずかしくなりましたわ。

知ってるようで知らんね戦争のこと、日本のこと、まあきりがないんじゃろうけど、
考えさせられました。



てだのふあ・おきなわ亭に集まる人たちは、よう泣く。
泣くのは、自分の為じゃなく人の為に涙する。
仲間意識が強いいやあそうかもしれんけど、自分を省みるとなんかそんな事すら薄れてしまってるように思う。
この小説を読んで、沖縄にはそんな歴史があったんか・・・と溜息がもれました。



ただ、それだけでは無いですね。
人は生者の為だけに生きてるんじゃなくて、死んだ人たちとともに生きている。
だから、今の自分のことばかり考えてないで、過去の人たちのこともしっかり考えなあかん。
それは、昔の偉い人の話とかそういうもんじゃなくて、
僕達の祖父さんや祖母さんがどんな風に生きていたとか、そんな事をしっかり考える事も必要やと思った。
「人は、過去の人たちの悲しみの上に生きている」という言葉がどこかに描いてあったけど、
ドキッとしましたね。
それからこれは解説にあったけど、人は生死を抱えて生きてるもの。
それを生きてる人のことばかり考えて生活してると、いつのまにか人生の半分は空っぽになってる。
ってありましたね。
それは小説の中にもありましたけど、そうなるとどうなるかってーと
・・・人間の生活に必要なもんとそうでないもんとの区別がつかん人間になる・・・んやね。
そうしてそんな人間は「わや」になるそうで。
「わや」って何?感じだけど、「わやわや」の「わや」かなと僕は思う。
いろんなものがこんがらがっちゃううんだろーな。
本当に楽しいことって何?幸せなことって何?悲しいことって何?
みたいに素直な気持ちが薄れていくのかもしれんね。

小学生の女の子「ふうちゃん」が主人公となめてましたけど、ずっしり心に残った本でした。