【※注意】
中学を卒業して間もない頃、いつものように深夜まで友人達と遊んだ帰りのことだった。その日は、私の祝いを兼ねての日だった。
中学生活を送るなか、何度も逮捕され鑑別所へも出入りしていた私だが
「高校を受験してみないか?真戒なら本気で勉強すれば入れる高校はある」
受かるはずは無いと呆れて断る私に、何度も教師達からの強い勧めもあり、ダメ元で受験前に1ヶ月ほどの期間、各教科の多くの教師達は放課後の残業、休日などを返上し私に個別で各教科の指導をしてくれた。
休日を返上し遅くまで残業し熱心に教える教師達に私も報いるように、三年間の中学生活の中で初めて本気で勉強に取り組んだ。
結果、公立高校受験に合格し進学が決まった時は学校をあげ多くの教師達や友人達が歓喜していた。中には涙を流し祝福してくれた教師も何人もいた。
全校生徒数、1,500人のマンモス学校では日々問題が生じる。そんな多くの問題や、なかには難題にも快く相談に応じ解決に尽力した私に対する教師達からのお礼だとも言っていた。
そして、多くの悪友の中から唯一の公立高校進学として祝いを受けたその日は、いつもの帰り道とは異なり遠回りとなる夜道を歩いて帰宅していた。
その日は少し酒の量が多かったせいもあり、酔い覚ましを兼ね、春の夜風に触れたかったからだ。
「こんな俺でも公立の高校生になれるんや…これも各教科の多くの先生達のお陰やな…おかんも、えらい喜んでくれてたし…」
そんな想いを馳せ、絶対に無理と言われた高校進学を果たしたささやかな喜びを感じ、春の夜風に触れながら深夜に帰宅していた時だった。
静まり返った深夜に何かの物音が耳に入る。気になりその場で立ち止まり耳を澄ませてみると、人目のつかない空き家の影から物音が聞こえ、なにやらヒソヒソと話す数人の男の声と共に、微かだが女性の声らしきものを耳にした。
気になった私は、何気なくその物音のする空き家の方へ足を向けた。近づくにつれ、その物音が普通ではない状況へと確信に迫ってゆく。
そして目にした光景は、1人の女性が衣類を剥ぎ取られ全裸にされ口を押さえられ3人の男達から強引に暴行されている状況だった。
私は反射的に3人の男達に襲い掛かり、暴行を受けていた女性と、3人の男達の間に強引に割って入った。
「逃げろ!」
女性に声をかけるも、その女性は体を丸め横たわり震え身動きすら取れない。おそらく恐怖で私の声すら聞こえていない状態だった。
そして、相手は確実に私より歳上の大の男3人だ。女性を護りつつ倒せる確信は無い。相手が複数人となるこういった場合の対処法は、これまでの経験から如何に迅速かつ的確な対応を必要とする。
しかし、体を丸め横たわり震え身動きすら出来ない女性を護りつつ、歳上の大の男3人が相手となら、これはとても厄介な状況だ。
的確な対応など模索する暇などない。となれば如何に迅速に相手を倒すことだけに集中することが必須となる。
私は、無我夢中で3人の男達に襲い掛かった。さすがに大の男3人を相手にするのだから何発も息ができないほどの力強い攻撃を身に受けつつ、確実に1人2人と倒してゆく。
これまで幾度となく不利な状況での喧嘩は経験して来た。それに武道での厳しい稽古に耐え会得した人間の急所を中心に攻撃することは意識せずとも己の体に染み付いていた。
残り1人となった時だった。そいつはポケットからバタフライナイフ(折りたたみ式両刃ナイフ)を取り出し私を威嚇してきた。
喧嘩慣れした者から見れば、ナイフなどを普段から持ち歩き道具に頼る奴は、自分が卑怯で弱いと相手に知らせているようなものだ。
そして、ナイフにひるんだ時点で負ける。私は素早くその者めがけて硬く握った拳を相手の急所に掘り込んだ。うずくまる大の男3人に対し、手を休める事なく「怒り」という感情任せに相手に拳を掘り込み、更に身動きできないよう幼少から身につけた組技で所々関節を外し逃亡させないようにした。
関節を外されるその激痛にたえかねてか、1人の男が大きな声で「助けてください!」などと何度も何度も、わめき散らす不細工な姿を目にした時だった。
1人の女性を大の男3人で暴行した者達が、逆に自分が暴行を受ければ、所構わず大声で泣き叫び周囲に助けを求める姿を見た瞬間
私の心の内にある「怒り」の感情が更に込み上げ、相手に馬乗りになり手を休めることなく、その者めがけ拳を振り下ろし続けた。
正気に戻り、あたりの変化に気がつく頃には、通報を受け駆けつけた多くの警察官に私の体は押さえ付けられていた。
目の前には、3人の男達がうずくまりグッタリとし倒れていた。私の体を押さえ付ける警察から見た私の姿は、まるで飢えた獣のように写っていたのだろう。
「真戒!またお前やらかしよったな!これはやり過ぎや!」
私の体を押さえ込む複数の警官が怒声を放つなか、私の意識は酷い暴行を受け倒れていた女性に向いていた。
「コラァ動くなっ!おとなしせんかいっ!」
警察からの怒声を受け頭を地べたへ押さえつけられ、私はそのまま後ろ手に手錠を打たれ暴行傷害による現行犯逮捕となった。
そのまま警察署へ連行され、すぐさま事情聴取が行われた。傷害罪による前歴の多い私に対し、数人の刑事が担当の取調官となった。
「刑事さんあの子は?あの子は大丈夫なんか」
私は何より、あの女性の容態が気になり刑事に問い詰めた。
「いま病院で集中治療受けとるわ」
「クソがっ!」あの場所へもう10分、いや5分でも早く遭遇していたらと思うと、無意識に声が漏れていた。
「なにがクソやボケっ!お前が散々ドツキ回した被害者が集中治療されとんねんっ!」
いったいこの刑事は、何を言っているのか理解できなかった。私が聞きたいのは、あの女性のことで、犬畜生にもおとる3人の男達の安否など、どうでもいいことだった。
取り調べ中、あの3人の男達が入院していることを刑事から聞かされ、その3人からの事情聴取は、喋れるようになるまで回復してからだと聞かされた。
入院中の3人の男達が回復するまでの期間、この度の事件に関する経緯や動機を話せるのは私と、酷い暴行を受けたあの女性の2人しかいなかった。
連日に渡り刑事から尋問を受けたが、暴行された女性のことを思うと、私の口から言うべきではなく、いずれ酷い暴行を受けた女性本人の口から語られるまで、被害者女性の尊厳を尊重し、その経緯や真実を私の口から語ることはしないと、この時から硬く決意した。
そして数日が経過した頃、あの被害者女性が親御さんに連れられ、被害届が提出されたことを刑事から聞かされた。
「なんでお前黙っとったんや。今朝、女性から被害届が提出されたぞ。いま別室で親御さんと女性から事の経緯を女性警官が聞いてある」
少し呆れたように語りかけてくる刑事をよそ目に私の意識は別にあった。
今回は、いつもの傷害事件ではないことも少しは刑事達も理解していたようだ。そのせいもあってか取り調べも緩いものだった。
とはいえ刑事の仕事とは、事件の内容を容疑者からの自供や自白により状況証拠と合わせ調書を作成しなければならない。
刑事から連日に渡り状況を聞かれても私から事件の経緯を口にすることはなく、また女性から被害届が提出されたと聞かされたが、私の心に安堵はなく、むしろ酷い暴行を受けた女性の精神状態と身体の心配の方がまさっていた。
そして、頑なに黙秘を続け勾留される日にちだけが、ただただ過ぎてゆく。さすがの刑事も、頑なに黙秘する私に呆れていた。
そんなある日の取り調べ中に、女性警官が私の取り調べ室へと入ってきた。男の刑事達を外に出したことから、少し違和感を抱いたのも束の間だった。
何故なら、その女性警官の面持ちから発するものに、それが暗雲なものだと気付くのに時間は掛からなかったからだ…
次回 最終章
主文「被害者に対し謝罪のない白紙の調書」