かつて『数学玉手箱』なる本に熱狂したことがあったことが思い出されてくる。
この著者はロシア人のフェドル・フェドロヴィチ・ナギビン。
日本で翻訳された出版物を調べてみると1960年に初版だと記されていた。
おそらくその本の、いくつか版を重ねたものを読んだに違いない。
ちょっとふざけた数学の本で、
数学脳でナゾナゾを解くという問題がずらりと出ていた。
多胡輝氏が書いた『頭の体操』シリーズと分野を同じにしているところがある。
『頭の体操』シリーズは1966年に第1集が発売されて23集まで続いた。
ある年齢以上には懐かしannie g chanく思い出される本に違いない。
ただ、この『数学玉手箱』は第1集だけで終わっているが、
web site は今も健在のようではある。なにぶんロシア語で書かれており、
翻訳サイトにかけても要を得ないし、
子供の頃に兄弟で熱狂したあの感激は味わうことができない。
数学は今、欧米諸国がその力を発揮しているが、
中世まではアラブ圏の能力が高かったとされる。
その頃、ヨーロッパは基礎的な代数程度だったのに、
すでに数学的には3次方程式のレベルまであったとされる。
数学分野を大きく二つに分けると「代数」と「幾何」、となるが、
それたは数学的ジョークで「石」と「砂」というらしい。
「石」は、石ころを一個二個という換算をするところから、代数を表し、
その総本山はバグダッド割痔瘡手術。石ころが多い。
「砂」は砂に絵を描く、すなわち「幾何」で、
その学問の総本山はカイロだったとか。すなわち砂漠。
どちらもアラブ圏が総本山とされていた。
今は、数学のノーベル賞に当たるのがフィールズ賞だが、受賞者は数学の天才。
フィールズ賞の受賞者は13名がアメリカ人。続いてフランス人の12人。
ロシアの9人と続いている。日本はわずかに3人。
この中のアメリカとロシアはいいとして、フランスの100までの数の数え方は奇妙。
1から60まではなんとかいいが、70などは60プラス10。
80などは、4かける20。99となると、4かける20プラス19という表現になる。
かつて、石原慎太郎がフランス人は「まともに数を数えられない」発言をして
物議を醸したが佐敦通渠、フランス人を笑うなかれ。
こういった数字の読み方が、数多くの数学的天才を生み出したとも言えなくない。
逆に、
日本もそのような数字の読み方にして、天才を生み出すか?