ひさしぶり!
なんと2年ぶり(`・ω・´)!とーーっても濃ゆい2年間でした。うーん・・・・・・いいこと、悪いこと、楽しいこと、悲しいことたくさん笑ったこと、たくさん泣いたこと、いろいろありました(´_`。)そのなかでも自分のなかの一番の修羅場は、職場のストレスによりぶっ倒れたことです。今は退職していますが、そのときは本当に逃げ場もないほど追いつめられていました。当時を思うと、本当に切羽詰っていたんだなあとなんだか悲しくなってきます。朝から晩まで仕事のことばかり考えて、毎日、消えてしまいたいとか何か怖いものに常に追いかけられているような不安感がいつもありました。頭のうしろのほうがビリビリしていて、目は何を映しているのか認識できず、わたしはここで何をしているのだろうと仕事中いつも考えていました。同僚もおらず、職場の先輩方も怖くて話しかけられず私は当然のようにふさぎ込んでいきました。毎日何を思いながら仕事していたのか今もよくわかりません。とにかく頭が動かないのです。ぼーっとして、体が覚えている仕事を淡々とこなす毎日だったように思います。喜怒哀楽がすーっと消えていくようでした。いつも無表情で、顔を見られたくないのでマスクをいつも着用していました。誰にも相談できず、愚痴ることも自分が許さず、ストレスはどんどん溜まっていきました。ストレスをコップで表すとしたら、後数滴で零れ落ちてしまうような状態でした。ある日、仕事から帰ると息が苦しくなりました。ドキドキとありえないほど動悸がして息を吸っても吸っても、吐くことができず苦しくて死んでしまうかと思いました。ひとり暮らしなので、当然、わたし以外には誰もいません。苦しい背中をさすってくれる人はいません。苦しくて、悲しくて、みじめで、涙がでました。その場に倒れこんで、落ち着いて、落ち着いて、と自分に必死で唱えました。このときの恐怖は今でもはっきり覚えています。本当に怖かった。私は異常なのかもしれないと、その時初めて気づきました。相変わらず、何も考えられず、無表情で、誰とも話さない日々はつづいていました。毎日強迫観念に神経をすり減らされているようでした。このころは毎晩寝る前に、心療内科の病院を探すようになっていました。とにかく、自分で何とかしないといけないと思っていました。なんだか文章にすると、治療に前向きに考えているようですが、とてもそんなことはありません。寝る前に、すこしでも病院に行った気になれると思ったからなんです。病院に行った気になったら、気持ちがすこし楽になれると思って。その場しのぎの、なんの意味もない行動でした。なんだか話が長いな・・・・・とにかく、わたしはある日突然、自分の限界を感じました。「あ、私、鬱になる」朝、ベッドから起きて、一番にそう感じました。思ったのではなく、感じました。ここらが限界だな、となにか他人事のように茫然と感じました。それから実家ちかくの心療内科にかかりました。カウンセラーの方は若い女性でした。自分の気持ちを話すことに、始めは抵抗がありました。愚痴を言うことも自分に禁止していたので初めて心からの、正直な気持ちを、話しました。そのとき、もう、言葉にできないような、悲しいとかつらいとか、そういう感情があふれて止まりませんでした。自分は泣きたかったんだな、と思いました。ぼろぼろと涙を流しながら、カウンセリングを受けました。久しぶりに、人らしい感情を出しました。そのとき、すこし頭のビリビリが軽くなったような体に血液が戻ってきたようでした。それからなんどもカウンセリングを受け、カウンセラーのアドバイスもあって、冷静に考えて退職を決意しました。長くなりましたが、現在は、違う職場で働いています。でも、あのときの経験は、トラウマとして残っています。白い調理服を見ると思い出す高齢者施設、と聞くとドキドキして不安になる前職の話をするとめまいがするいまでもたまにふとした時に思い出して、気持ち悪くなります。人と働くのが、怖くてたまりません。職場にいる方々が、怖い。怒鳴られる大声で名前を呼ばれる無視されるなどなどされるのではないかと、恐ろしいのです。もちろん、相手には感づかれないように気を付けていますが・・・・これはもう自然にそう考えてしまうよう、自分で植えつけてしまったのでしょう。自分は傷つけられる存在自分は怒られる・怒らせる存在自分は役に立たない存在自分は歯向かってはいけない存在自分は話をしてはいけない存在などなど・・・・・被害妄想のように、考えてしまいます。いまでも、自分でかけてしまった洗脳を解こうと悪戦苦闘する毎日です。大変長くなりましたが、どうしても吐き捨てたくて書きました。